あるサラリーマンの物語

第9章 「春・到来」


1.花の匂いに

桜の花が咲き始めると、春が来た、って実感する。
今日は、一人でささやかな花見をした。
場所はいつもの滑走路の跡地。



暖かい日が増え始めたある日。
いつもとちょっと違った雰囲気を感じた。
何だかわからないけど、花の匂いが広がっていた。
ふと見ると、枯れ枝の先がぽちぽちと華やかな色になっているのに気がついた。

それまで、ずっと忘れていた。
ごつごつと節ばった枝に、ぐねぐねした枝と堅い樹皮。
それが何の木か、考えたこともなかった。

「・・・!」

春、まだぼくが学生をやってた頃だ。
毎年桜が咲く頃に、ぼくは新しい仲間を迎えていた。
クラブには新入生が姿を見せ、研究室には新4年生が顔を揃える。

そして自分も新しい年次に上がる。

そう。桜の花の匂いが、新年度独特の何とも言えないあの雰囲気を作っていたのかもしれない。
でも会社に入って2年目の春からは、そういう雰囲気を感じることもなくなった。
そしていつのまにか、桜の花の匂いも忘れてしまった・・・

よみがえる記憶。
フラッシュバック。
学生時代の、なつかしい雰囲気。

いつから、季節を肌で感じることを忘れてしまったのだろう。

たぶん、あの会社に入って、開発部門から設計部門に転属になってからだ。

気付いてみたら、いろいろなものを失ってきた。
かけがえのない友人や、大切な人との別れ。

卒業以来連絡をとりあっていた友人とも疎遠になった。
大学時代の友人と会うこともほとんどできなくなった。

次第に減って行く、年賀状の数。

失った友の数は、数え切れない。

10年以上も親交があった友人たち。
配属が変わって半年で、そのほとんどを失った。
寂しかった。
仕事のためとは言え、あんまりだ。

それがいちばん許せなかった。
何かが違う、と思ったが、ゆっくり考える暇も与えられなかった。
忙しさに流されて、気付いたらぼくは一人孤立していた。

ただ、働くためだけに生きている自分。

ただひとり、誰もいなくなったオフィスで図面を書く仕事。

それが普通になってみると、一生このままでも悪くないな、と思えるようになった。
自分で選んだ道だから、仕方がない。
これがぼくの運命。

ただ、受け入れるしかない。

しかし、ぼくは思わぬチャンスを得た。
あの事故のおかげで、ぼくの人生は変わった。

一瞬のチャンスは、絶対に逃がさない。
仕事中に身をもって知った教訓が、ぼくの人生を変えた。

・・・あの事故のあと、ぼくの人生は少なくとも悪くない方向に向かっている。
これまでに築き上げてきた物のほとんどを失ったが、そんな些細なことはどうでもよかった。
十数年待ち続けた末に手に入れた車と、心を許せる楽器があれば、
他に何も要らなかった。

一人暮らしとはいえ、家族のように接してくれる町の人々がいる。
裕福ではないが、充実した毎日。
何もしない日もあれば、額に汗して働く日もある。

桜の花の匂い。
ぼくの新しい年度のはじまり。

これから何か新しいことを始めるわけではないけれど、
なんとなく、心機一転。

舗装のひび割れた滑走路のはしっこに、たった一本、ぽつんと立つ一本の桜。
その桜の、年に一回のせいいっぱいの主張に、ぼくはずっと忘れていた何かを思いだした。

たった一本の桜の木。

ほのかに香る
桜の匂いのおかげで
ぼくは
大切な忘れ物に
気が付いた。



自分では
飲みもしない
コップ酒を
桜の根っこの隅に
そっと置いた。

「ありがと」
何かふと、そんな気持ちになった。


2.先生と

筋肉痛がおさまらないうちに、この前もらった薬がなくなってしまったので、
ふたたび先生のところに行った。



「先生〜、こんどはいつもよりひどいみたいです」
「おかしいわね、この前と同じ処方のはずなんだけど・・・」

「あ、畑仕事のあとで森の中を歩き回ったりしてたんで・・・(^_^;」
「ホントに体を動かすことに慣れてないのね」
「前の世界ではデスクワークがほとんどでしたからね〜」

先生は世間話をしながらも、てきぱきと薬を調合している。
60歳は軽く超えていると思うけど、背筋はピンとしてるし、仕事の手際もいい。
こういう年のとりかた、すごくあこがれるなぁ・・・

「でも、ここに来たばかりの頃と比べたら、ずいぶん顔色も良くなったんじゃない?」
「そうですか?うーん、そういえば最近肩こりとか、首の痛みは全然ないですね」
「自分に自信が付いたんじゃない?いい表情をするようになったし」
「ここでは表情を作る必要がないですからね。すなおになんでも顔に出せますよ」

子海石先生は、ぼくがここに来たばかりの時、いちばんお世話になった人だ。
そして、ぼくの過去をよく知ってて、未来のぼくと面識のある人。
今のぼくの置かれた状況をいちばんよく知っている、いちばんの理解者。

「はい、薬がなくなったらまたいらっしゃい」
「はは・・・どうも、ありがとうございます。じゃ、代金はツケということで・・・」
「そうね〜。この前のペンキ代のツケと、もう少しで帳消しになるかしら?」
「とっくですよ〜。今はどっちかというとぼくの方が借金してるくらいですよ〜」
「そうなの?」

「ええ、だいたいそのくらいですよ」
「じゃ、今度わたしの車を診てもらおうかしら?」
「お安い御用です!」

かちゃん
きぃぃぃ・・ぱたん
「こんにちは〜先生おひさしぶりです。あの〜みずさんこっちに来てますか?」
あれ?なんでここがわかったんだ?
「あら、ゆうちゃんひさしぶりね」と、先生。
「え!?、先生、お知りあいなんですか?」
「何年か前まで、アルバイトに来てたのよ。最近はたまに遊びに来るくらいだけど」
「へぇーそうだったんですか(やったーついに名前がわかったぞ。「ゆう」って言うんだ)」

「みずにー、ちょっとお願いしたいことがあるだけど」
「はい?」
「ウチに来て、車を見てほしいの・・・」
「例のアルピナ?」
「うん。2台とも見て欲しいのよ。みずにーのとこへ乗ってって見てもらおうと思ったけど、動かないのよ」

「エンジンが掛からないの?」
「うん」
「何年くらい動かしてなかった?」
「5年くらい・・・かな?」
おいおい・・・
「そりゃー無理だよ。一応全部見てみるけど、なんでダメかだいたい想像つくヨ」
「え?でも保管中はね、冷却系は抜いたあとを炭酸ガスで封印してたし、オイルは新品入れたし、
バッテリーだってさっき新品を積んだばかりよ」
「燃料は?」
「ガソリンも抜いてポリタンクで保管してたわよ。もちろん炭酸ガスを充填したわ」
「タンクに残った水はどうしてた?あとエア抜きちゃんとやった?」
「あ!・・・そっか」

「ね?」
「うん」
「一応見に行こうか?一人じゃ無理でしょ?」
「タンクの水抜きは無理ね〜」
「OK。じゃ、一度戻って工具を取ってから行くよ」
「わたしも一緒に行くわ」

「じゃ、うしろついてきてね」
「飛ばさないでよ〜」
「んなことしないよ〜、ってなんで知ってんの??」

「この前夜中にすごいスピードで高速飛ばしてたでしょ?」
「あ、あれ?なんで知ってんの??」
「買い物の帰りに一瞬で抜かれたのよ。しかもウチにある車と同じだったから、心臓止まるほどびっくりしたわ」
「でもそんなに飛ばしてなかったよ〜」
「150キロ以上出てれば『飛ばしてる』ってことになるわよ」
「そんなに出てたかな?」
「でてた〜」
はいはい。

「ふつうの道はゆっくり行くから心配しないで〜」
「わかったわ」




3.道すがら

がらららら・・・・かしゃ。
かちゃん、がちゃがちゃ・・・ぱたん。
「工具は、これでいいな。あとは・・・ブラスターが要るかな?」

「行ける〜?」
「ちょっと手ぇかしてくれる〜?」
「重いのはやだよ〜」
「これだけだからさ」
がしゃ
「ちょっと、重いじゃんこれ〜」
「じゃ、こっちにする?」
「ううん、これでいい。そっちもっと重そう・・・」

「よいしょっ、と」
がちゃ
「それもこっちね」
「うん、そっちの隙間に積んでくれる?」
「オッケー」

これで必要なものはだいたいOKだ。

「じゃ、ついてくから案内してね〜」
「さっきくらいのペースでいい?」
「うん。さっきくらいでいいよ」
「じゃ、ゴー!!」
ふぃぃぃん・・・
ゆうの車が、静かに滑り出した。

ふぉぉぉぉ・・・・
ぼくも、すぐに後を追う。



ゆうの電気自動車の走りを後ろから見ていると、ずいぶん足が固めてあるのがわかる。
それでも急激な入力は瞬時に吸収し、長い入力はしっかりはね返している。
あんなシンプルなサスで、よくあんなセッティングにできるよなぁ・・・

僕のいた時代だと、電子制御じゃないとできない挙動だ。
どうやってメカだけでやってるのか、すごく興味がある。

しかも、信じられないほど静か。
ゆうの車からは、バネのキシキシという音と、タイヤのごろごろばたばたという音しか聞こえない。
あとはぼくの車のエンジン音。
こっちのほうがずっとうるさい。

「最近のEV(電動車)はすごいなぁ・・・」

ゆうの車は、全長の短い車体を活かして、せまいカーブをすぱっすぱっと曲がっていく。
ぼくのアル坊は、5ナンバーサイズのFR車としてはかなりパワーのあるほうだが、
これではついて行くのがやっとだ。

「うわー、ぜんぜん差を詰められないや」



ゆうは、ぼくがついてこれるぎりぎりのペースにあわせて走っているようだ。
「帰り道、覚えておけるかな?」
たぶん覚えられない。これでは帰りも案内がいりそうだ。


4.再会

かなりわかりにくい裏道を、10kmくらい走ったところで、ようやく国道らしき道路に出た。
小さな町を抜け、しばらくして右折。
その枝道のつきあたりに、ぼくのガレージよりちょっと大きな倉庫があった。

「うわ、けっこうでかいじゃん」
「でしょ?なのに物が多すぎて中はくちゃくちゃなのよ〜」

ははは・・・、そりゃ物が多けりゃ片付かんわな。
なんだか前の世界のぼくの部屋のことを言われてるみたいで耳が痛いなぁ・・・

がちゃん
ごごごご・・・・ごぉぉん・・・・・

「はい、ここが車庫。例の車は奥に入ってるわ」
「ひょえ〜・・・、これ全部車庫のスペース?すごいね」
パッと見た感じでは、4台くらい展示できる程度の広さがある。
ただ置くだけなら、さらに2台は入れられる。

薄暗い車庫に、開けた扉のすきまから射し込んだ一条の光。

その先に、あの見なれた緑色の車体が静かにたたずんでいた。
隣には、シートの掛けられた車がもう一台。

「これ・・・本物じゃん」
「本物?」
「うん。もどきじゃないよ、これ」
まちがいない。この色は本物のアルピナだ。
さらにナンバープレートの取り付け部の形状から、この車が正規輸入された物だということがわかる。

「これ、ドアロック空いてる?」
「うん、カギはさしてあるわ」

まずは、フレームナンバーの確認だ。
かちゃ
ボディは年相応に傷んでいる。E36、たぶん94年以降96年までの年式。
車検証は、なくなっている。
革張りの車検証入れには、取扱説明書だけが残されていた。

「そうだ、プレートは・・・?」
これもなくなっていた。
「ねえ、ここにプロダクトプレート、貼ってなかった?」
「あ、おじいちゃんがコロニーに行く時、外して持ってっちゃったわ。ホントは車を持っていきたかったみたいだけど、
規則で禁止されてるから。すごくつらそうだったわ」
「そっか・・・」

コロニーへの化石燃料車の持ち込みは禁止されている。
だから、プレートだけ持ってったんだ・・・
つらかっただろうな。車を置いて行くのも、プレートを外すのも・・・

あとはフレームナンバーだけだ。
「あちゃー・・・判読不能だな」
刻印は確かにあるが、読み取れない。
WAPB330LO6・・・
この先が読めない。



「WAP」は、アルピナの意味だ。
「B330」は、B3−3.0。
「LO6」は、よくわからないけど、たぶん96年製造。
少なくとも、「B330」というところまででぼくのアル坊と同時期に作られた、同じ車だということがわかる。
ぼくのアル坊は、その先がLO6AE30355になっている。

この車、ひょっとして・・・
でも、そんな偶然って

そうだ

「ねえ、ちょっとフォグランプ外してみてもいい?」
「え!?だってそれ、エンジン掛からないのと関係ないでしょ?」
「ちょっと確かめたいことがあるんだよ」
「だって、みずにーのアルピナと同じ車種なんでしょ〜?それ以上何が知りたいの?」
「うん・・・今はちょっと言えない。でも、気になるんだ」
「いいわよ、みずにーならちゃんと元に戻せると思うから」

「ありがと」
場所は、左のフォグランプ。
バンパー裏から手を入れて、フックを外す。

「あ!・・・・」

まさかとは思ったが、こんなことって・・・

「どうしたの?何かわかった?」
「いや、何でもないよ、ぼくの知ってる人の車じゃないかなって思ったんだけど、違ったよ」
嘘、ついちゃった・・・

ここでホントのことは言えない。
フォグランプのケースの補修痕。
車を買ってすぐの頃、自分でランプ交換する時に、誤って樹脂のステ−を折ってしまった。
接着しても無理なようだったから、 ぼくはアルミの角材を削ってレバーのついたステ−を作りなおした。
買えば200円もしない部品だから、ふつうは買い替えてしまう。
作った日付けの「2・10」が、刃物か何かで刻んである。
まちがいなく、ぼくが作った部品だ。
腐食は激しいが、何度か磨き直したらしく、なんとか機能を保っている。

通信研究所で見つけた日記にあった「博物館」は、たぶんここのことだ。
ここのじいさんが、当時のぼくからこの車を預かったのだろう。
ゆうはそのじいさんの孫で、ここに残って倉庫番、というわけか・・・

ゆうのじいさんとぼくは、親友だったのだろうか?

「おじいさんってさ、この車をどうやって手に入れたのか話してなかった?」
「ううん(否定)聞いてないわ。わたしが小さい頃にはもうあったから・・・
でも、走らせるわけでもないのに、いつも大事そうに整備してたのを覚えてるわ」
「そっか・・・じゃ、とりあえず状況だけ見てみようかな」


5.整備(1)

とりあえず、キーを回してみる。
かち
きゅるるるるる・・・
聞きなれたセルの音。
バッテリーは問題なし。CPUも正常。
燃料が届いてないだけのようだ。

バッテリーを外して、リアシートを外す。
その下がガソリンタンクになっていて、密閉シールを外して、パイプレンチでふたを回せば
すぐタンクに手が入れられる。

ポンプはOK。
一旦ガソリンを全て抜いて見ると、やはり水が溜まっていた。
真空ポンプでラインの液体を全て外に出すことにした。
スイッチを入れると、白濁した水がポンプのドレンからちろちろと出てきた。

わずか10ccくらいだが、これがエンジンを止める原因になっていたらしい。
そのまま真空引きを10分ほど続け、ふたたびガソリンを入れる。

バッテリーをつなぎ、キーを回す。
かち
今度はONの位置でしばらく保持。
こここここ・・・・きゅるん。

よし。

かち
きゅるるるるる・・・
「だ、だめか?」
「がんばって〜!」

るるる・・・ぼっ!・・・
「もうちょい!」
「かかって〜!」

ぼくは少しスロットルを開けた。

ぼわん!どっどっどっ・・・・ふぁおん!ふぉぉおぉおぉおぉ・・・

「う〜んちょっとアイドリング安定してないけど、なんとか掛かったね♪」
「ねえ、ちょっと走ってみない?」

「運転していいの?」
「いいわよ。近くをくるっとひとまわりしよっ!」


6.ロードテスト

ぼくはゆっくりとギアを入れ、車庫から車を出した。
「よし♪」
様子をうかがうように、ゆっくりとスロットルを開ける。

ふぁおん!
少し渋り気味だったエンジンが、ふいに目覚めた。

ひゅうぅぅぅ・・・
軽やかなハミングのような、低負荷時の聞きなれたアルピナサウンド。
すぐに国道に出た。

「右?左?」
「う〜ん、右!」

不思議な感覚だ。
ハンドリングのくせも、シフトアップ直前のレスポンスも、ぼくの体に染み付いている。
まるで自分の車のように、ひらひらと扱える。



窓全開。
吹けあがるエンジンの音が心地よい。

初夏の陽射しが、路面に照りつけている。
汗ばむほどの陽気。
吹き込んでくる風が、爽快だ!

「暑いね〜、サンルーフ開けてもいい?」
「う〜ん、半分だけにしてね。日焼けになるから」
「オッケ〜」

海岸沿いの直線道路。
誰も走っていない道。
オールクリア。

ふぁおぉぉぉ・・んばしゅっ、ふぉぉぉ・・・・
一気に加速。5000rpmまで一瞬で振り切れる。

「海いこ海!!」
「よっしゃ!」

ふぉぉぉぉ・・・ん・・・・ぶおん!ぉぉぉぉ・・・

「そこ左!」
「おっけー!・・・って、これ通行止になってるよ〜!」
「いいの!このまま3kmは行けるから〜!」

橋脚が水没して、道路だけがかろうじて水面上にのこるバイパス。
速度は、とっくに100km/hを超えている。
「へぇ〜すごいや!まるで海の上を滑走してるみたいだよ!」
「すごいでしょ〜」



ガードレールも、標識もない。
やがてバリケードが見えてきた。
「そろそろ終点よ♪」
「よし、減速〜!」

ふぁおおおお・・・んきゅっ。ふぉぉぉぉぉぉ・・・
ブレーキの効きもばっちりだ。

「いいね!とても60年前の車とは思えないよ〜!」
「でも、みずにーのアルピナほどいい状態じゃないわ」
「ああ、あれは部品が新しいからね〜」うそは言ってないぞ。

「ね、ちょっと降りてみようよ」
「お?おう」
そういえば、今日は夏みたいにいい天気だ。

「車、走れるようにしてくれてありがと。おじいちゃんも喜んでると思うわ」
「だといいね、とにかく脱帽だよ。こんなに保存状態のいい車は初めて見たよ〜!」
「すごいでしょ?」
「うん、なんかうれしいよ!こんなに車を大事にしてる人に会えて」

「・・・ねえ、おなか空かない?」
「空いた〜(笑)」
「戻りましょ、何かごちそうするわ」
「やった〜!」


7.黒のB7

車庫に車を戻して、隣にある母屋に入った。

先に母屋に入ったゆうは、今お昼を作っているところだ。
さっき卵を焼く匂いがしてたけど、何作ってんだろうね・・・

こんこん
「おじゃましまーす・・・」
「あ、そこに座って待ってて〜」
「ほいほい」

しばらくすると、ゆうが台所から皿を2つもってやってきた。

「はい、おまたせ〜」
「お、オムライスじゃん♪」
「味の保証はしないわよ」
「またまたぁ・・・・」

ぱく
「うっ・・・・」
「何?・・まさか、失敗!?( ̄□ ̄;」
「うまい(笑)」

「・・・・・(-_-#」
「冗談だよ〜・・・」

「・・・・・(-_-〆」
「<(_ _)>」
「よろしい( ̄ー ̄)」

「ねえ、これ食べたらもう1台の方も見てくれない?」
「いいよ〜」

お昼を食べて、ちょっと一休みしてから
ふたたび車庫に行った。
もちろん、ゆうも一緒だ。

「そっちもって〜」
「持ったわよ〜」
「じゃいくよ、せえのっ!」
ばさばさばさっ

「こいつか・・・」
黒いアルピナB7ターボクーペ。・・・
「TURBO/4?、バージョン4なんてあったっけ??」
初めて見る型式だ。ぼくの記憶ではバージョン3が最終型のはずだけど・・・

シートが掛かっていたからだろう、ホコリはほとんど付いていない。

こいつは本物かどうかあやしい。
「これは、本物かな?」
「わかんないわ、でもおじいちゃんはかなり手を加えてたわよ」

だとすると逆に「もどき」の可能性が高いな。

「キーは?」
「さしてあるわ」
「こっちはどんな状態なの?」
「たぶん同じよ。セルのかかりが悪いのよ」
「じゃ、先に水抜きやろうかな?」
「ポンプとか、持ってくるね」
「うん」

E24の修理は初めてだ。
1970年代の設計なので樹脂部品が少なく、腐食した部品の大半は代替品で作りなおしてある。
要所要所の部品。
よく見ると、ステンレスの削り出し品で修理してある物も多い。
「すげー金掛けてるなぁ・・・」
「そうなの?」
「うん。かなり高価な部品で丁寧に修理してあるよ」

水抜きはかなり苦労したが、なんとかできた。
「じゃ、エンジン掛けてみるね」

かち
きゅきゅきゅきゅ・・・・ぶおんぼぼぼぼっぼぼっぼぼっぼぼっ・・・・がくん!

「やばいやばい!エンジンどっかおかしいよこれ」
「直せそう?」
「どうかな・・・ぼくにできるかどうか、わかんないな。まず下ろしてばらしてみないと・・・」
「全然急がなくていいからね」

「うん。でも、これパッと見ただけでも普通じゃないよ。すごくいろいろいじってある」
「そうねー、わたしがまだ小さい頃、おじいちゃんはいつもこの車をいじってたわ。
それで金曜になると、その車でわたしをドライブにつれてってくれたりしたの」
「いいな〜そういうの。ぼくもそういう老後を過ごしたいよ」
「そういうもんなの〜?」
「ぼくだけかもしれないけどね(^_^)」


8.整備(2)

「ふう・・・」
やっとのことで、補機類を下ろすことができた。
リフトがないから、エンジンが下ろせなくて苦労したけど・・・
「どう?」
「うん。やっぱエンジン本体だわ」

「直せそう?」
「シリンダーブロック割ってみないとわかんないなぁ。こんなに大掛かりな修理はやったことないから・・・」

「なーんだ、このくらい簡単に直せちゃうのかと思ってたけど、こういうのってやっぱり大変なの?」
「そうだよ〜、ぼくなんて所詮はシロウトだからね。整備士の免許持ってるわけでもないし」

「そっか〜。じゃ、無理しないでね。もし元に戻らなくなってもそれはそれでいいからね」
「そりゃ悪いよ〜。絶対壊したりはしないから、心配しないで〜」
「わかってるって」

はずした補機をチェックする。
水冷式インタークーラーに、タービンが2基、チタンのタコ足に高圧インジェクター・・・
本来樹脂でできてるはずのカバー類はすべてカーボンか何かで作り直してある。
よく見ると、フロントフェンダーまでカーボンだ。
このじいさん、タダモノではない。

しかもベースエンジンはM88改の3.8リッター仕様。
やはり「もどき」のようだ。

プレートを見つけた。
車台番号はBMWの製番になっている。
ベースは、M635csiらしい。
たぶん87年式。

「すげえ・・・94年仕様のブロックに載せかえてあるんだ。
そいつにアルピナのインテークとツインターボシステムを組んで、ワンオフのタコ足か・・・」

いったいどれだけお金を掛けたんだろう?
ちゃんと整備すれば、ブースト1.2キロで560PSは出るかもしれない。

外観は、M6純正のウレタン製のアーチフェンダー以外は、金/青のアルピナストライプのみだ。
スポイラー類は当時のアルピナ純正品だ。
シートや内装は、どうやって入手したのかわからないが、本物のアルピナ製だ。
そして340km/hまで刻まれたメーター。
これはオリジナルらしいが、ちゃんと紺色に塗られている。

「ねえったら!」
「お!?」

「はい紅茶。ちょっと休もうよ〜!」
「おぉ・・・ありがと。・・・ひょっとしてかなり前から呼んでた?」
「うん。無視されてるかと思ったわ(-_-〆」
「ごめん。ぜんぜんまわり見てなかった・・・」

「だと思ったわ。おじいちゃんも車いじってる時はそうだったから、なんかちょっと思い出しちゃったわ」
「そっかー。紅茶、もらっていい?」
「うん。ミルクティーだったわよね?」
「そうそう♪」


9.春雷

ミルクティーを飲みながら、はずした補機を眺める。
ブロックを降ろすのは、今日は無理そうだ。
「とりあえずさあ、今日は補機だけ持ってかえってチェックしてみるよ」
「うん、わかった〜。今度はいつ来れそう?」

「そうだなー、ゆうが都合いいなら明日でも来るけど・・・」
「わたしはいつもここにいるわよ」
「たぶんあの車はぼくのガレージに運び込まないと修理できないから、明日あの車をウチまでひっぱって行きたいんだよ」
「いいわよ、手伝うわ。補機のチェックはここでやるの?」
「いや、持って帰るよ。詳しいことはガレージにおいてある資料を見ながら調べるからね」
「ふ〜ん、なるほど〜」

「じゃ、外した補機を車に積むの手伝ってくれる?」
「オッケー。じゃ、適当な箱を探してくるわね」
「よろしく〜」

ビスやハーネス、ホースクランプ類はすべてエフを付けて、小袋に分けておく。
それらを該当する補機にくくりつけて、箱に入れる。
「こんな箱でいい?」
「ばっちりだよ〜!、じゃ、そっちにまとめてあるやつを箱に入れてくれる?」
「おっけー」

散らばった工具をひととおり片付けて、ほっと一息お茶をすすっていた時。
空が急に暗くなってきた。

ぴかっ!
どぉぉぉぉ・・・・ん!!!

さあぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・

「あちゃー、雨降ってきたよ」
「あ、倉庫の窓!」
「ぼくも手伝うよ!」

ぱたぱたぱた・・・・

「じゃ、そっちをお願い!」
「オッケー!!」

早く気付いたおかげで、雨が降り込むこともなく窓を全部閉めることができた。

「よかったねー、まにあって」
「ありがと〜助かったわ」

雨は、すぐには止みそうもない。

「今日はここまでかな?」
「どうせなら夕飯食べていかない?」
「いいの?」

「ひとりじゃ味気ないしね。みずにーの話も聞きたいし」
「たいして話すことなんかないよ〜」
「そんなことないわよ。たとえばあの車のこと。それから突然この半島に来た理由、なんかね」
「そうだなー、すごく知りたい?」
「うん。とくに昔の話とかね」

何か知ってるのか?
まさかねぇ・・・
先生と会うのもひさしぶりみたいだったし。
でも、そろそろ話しておいた方がいいかも。

ぼくがどこから、いや、どの時代から来たのか・・・
このまま、ゆうの前でごまかし続けられる自信はない。


10.あめあがり

「ごちそうさま〜」
「おそまつでした〜(笑)」

ちょっと早めの夕ゴハンをごちそうになって、しばらく話をしていたら、
空が急に晴れてきた。

「なんだー、まるで夏の夕立みたいな雨だったね〜」
「ほんとね〜」

「じゃ、そろそろ帰るわ。また雨がふり出す前に」
「そう?もっとゆっくりしていけばいいのに・・・また明日来てね」

「うん。雨が止んでたら行くよ」
「そうだねー、雨降ってたら無理かぁ。・・・じゃ、おやすみ〜」
「おやすみー」

ぶおん!ふぉぉぉぉ・・・



ぼくは、記憶力を駆使し、なんとか迷わずにガレージに戻ることに成功した。
これが、明るいうちに帰ろうとしたもう一つの理由。

がららららら・・・
ふぉぉぉぉ・・・ん、ぶおん!
シャッターを開けて、すばやく車を中に入れた。

「さて、と・・・」

トランクやリアシートに積んだ箱をガレージに広げた。

まずは持って帰ってきた部品のチェックだ。
ほとんどはそのまま使えると思うが、タービンが危ない。
焼結系の金属だと修理ができないからね。
それに、あのセッティングではブレードはボロボロになってるだろう。

まずは木箱の中の在庫を探して、見つからなかったらレプリケータで再生品を作らないとな・・・
あ、車もひっぱってこなきゃいけないなぁ・・・

がらららら・・・・どぉぉぉ・・ん!
さぁぁぁぁぁぁ・・・・・

また降り出した。

「ふあぁぁぁ・・・。これで部品のチェックは終わったぞ〜。タービンとインジェクタだけが交換だな」

まだ早いけど、今日は予定通りのところまで終われたからもう寝よう。
続きは明日にしよーっと。

明日、晴れるといいなぁ・・・


(第9章おわり)

なーんか、「ゆう」の正体がバレバレという噂も一部にありますが・・・
聖地巡礼5に参加した人にはまるわかりですね。
次回あたりから、最終回に向かって話が収束していけると思います。
もうキャラは増えませんからご心配なく(笑)
あ、新アイテムが登場するかな?(謎)
子海石先生が手のひらサイズの謎の電子機器をプレゼントしてくれます。
その正体は次回のお楽しみ〜

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