あるサラリーマンの物語

第8章「君の名は・・・」


1.訪

いつの日か、この半島を去る時が来るかもしれない。
そう思うと、じっとしていられなかった。

北の大崩れで素晴らしい夕景を見て、ガレージに戻ってくると、
薄暗いダイニングに待ちくたびれて眠り込んでいるお客がひとり。
若い女性。推定22、3歳というところか。

ま、そのうち起きるだろうから放って置こう。



ガレージに戻り、紅茶を飲みながら充電が終わるのを待つ。
「しかし、電池切れって言っても、ここまでどうやって車を持ってきたんだろう・・・」

充電が終わるまでの間はハッキリ言ってヒマなので、ほかに不具合が無いかチェックすることにした。
本音を言えば、知的好奇心。
この時代の電気自動車はどんな構造になっているのか、非常に興味がある。

ぼくがかつて暮らしていた1999年。
当時はまだ電気自動車は草創期。高級車並みの価格とRV並みの車重・短い航続距離と、
エコカーとはとても言えないような性能のものしか市販されていなかった。

では、今はどうなのだろう?
タイヤのたわみ具合でだいたいの車両重量はわかる。
たぶん1200kgくらい。ガソリン車とほぼ同等だ。
但し、前後荷重配分は前45:後55くらいか?
リアゲートが上下2分割になっている。
たぶんリアシート下に巨大なバッテリーが収まっていて、下のゲートはそのバッテリーの交換用なのだろう。

フロントフード内にはバッテリーの直流96Vを交流280Vに変換するVFインバータが
巨大な放熱フィンの下に隠れている。フード裏にはスペアタイヤが2本。
サスペンションはトーションバー式の軽量タイプ。ショックアブソーバは見当たらない。
そのかわり、トーションバーをよく見ると、3段くらいの継ぎ目があり、わずかに油がにじんでいる。
この「ねじれ棒」自体にショックアブソーバの機能が組み込まれているらしい。

ボディはこの時代では珍しい4人乗りの5ドア。大きさは1300ccの2Box並みだ。
大きなヘッドランプは恐らく後付け。この時代に合わせて改造された物か。

バンパーも正規のものと違う大型のものが付けられている。
そしてお約束の車高調アダプター。トーションバーの先端に段付きの部品が追加されている。
やはりこれがないとこのあたりの道を走るのはつらいようだ。

外観は傷も少なくきれいだが、よく見ると再塗装を繰り返してるらしく、フェンダーラインが
かすかに歪んでいる。
おそらく15年以上、大事に乗りつがれて来てるのだろう。

「それにしても、この外板は金属でもないし樹脂でもないようだし・・・何だろう?」
ドアパネルの部分を軽く押すと、特に抵抗も無くへこんで戻る。そしてこのにぶい艶。
こういう感触の表面は、昔のおもちゃに似てるな・・・そう、あれだ。

「それ、和紙なんですよ」
「・・・え?」
「紙でできてるんです。そのボディ。でも、雨にも強いんですよ」

「すげー・・・張り子なんだ、これ」
「薄い鉄板も純度の高い強化プラスチックもないので、こういう直し方になったみたいなんですよ」

「なるほどね〜。しかしいい腕してるよな、これ作った人。・・そうそう、バッテリー切れだったよこれ。
あと1時間くらいで充電終わるから、もうちょっと待てる?」
「ええ、1時間くらいなら」

「初めて見る車だけど、どこから来たの?」
「カマクラです。ちょっとドライブに来たら、途中でバッテリーが減ってきちゃって・・・・
そこのスタンドに行ったら、ウチは充電器はバイク用しかないからって、ここを紹介してもらったんですよ」

ああ、おじさんのスタンドに行ったんだ・・・
「紅茶が入ったけど、レモンとミルク、どっちがいい?」
「あ、じゃあミルクティーで」
「OK〜砂糖は無しでいいよね?」
「ええ」


2.奏



「・・・・なるほどね。じゃ、こっちへ来るのは初めてなんだ」
「そうなんですよ」
「ふーん・・・」

かたかたかた・・・・かち、かち、かち、ひゅーん・・・・・
「あ、充電終わったみたいだ」

「もう大丈夫なんですか?」
「うん、・・・ちょっと待っててね、いま起動させるから」

ぱち。
キーをオンに回し、診断システムでチェックする。
オールグリーンだ。

「OK!もう大丈夫だよ」
「たすかりました〜。最初は心細かったんですよ、暗くなっても誰も帰ってこないし」
「ホント悪かったよ〜。たまたまドライブに出かけてたからね」

「あ、それで、代金の方なんですけど・・・・」
「お金、ないんでしょ?普通は野菜とか食料品で払ってもらってるけど、
価値のあるものなら何でもいいんだけどね」

「う〜ん今日は持ち合わせがないんですよ。・・・そうだ、ちょっと向こう向いててもらえます?」
「はい?」
ぼくは言われる通りにした。

かちゃ
がさごそ・・・・
「・・・まさか鈍器で襲撃、とかじゃないよね」

ごんっ!
「あ゛!」

ってちょっと?もしもし?なんかぶつけてない?

「もうこっち向いていいですよ・・・これじゃ、だめですか?」
「おぉ!?」
彼女が手にしている物に、ぼくはかなり驚いた。

「お礼はこれで、どうですか?」
「バイオリンじゃん、弾けるんだ〜」
「ええ、ちょっとなら。何かリクエスト、ありますか?」

「じゃあ・・・モーツァルトの、ロンド・ハフナーを。ピアノがないから難しいかもしれないけど、
そこはそれということで。途中少し略してもいいし」
「いきなり難しいこと言うわね〜。でも、略していいなら、そうさせてもらおうかな?」

彼女の楽器は、イタリアのオールドだった。おそらく本場のクレモナ製。1960年くらいに作られたものだろう。

曲が始まった。
軽快なアレグロで始まり、展開部。しっとりとした短調の旋律が、どことなくなつかしい。

100年ものの風合いが実にいい感じに出ている。かつては硬かっただろう音も、今ではまろやかな響き。
ぼくの楽器も、あと90年とか経てば、こんな音色になるのかな?

ちょっと寂しそうな旋律のあと、それを打ち消すような激しい動き。
最後は明るく、ひたすら明るくのぼりつめていく、モーツァルトらしいエンディング。
結局、中略なしでちゃんと弾いてくれた。

ぱちぱちぱち・・・
「えへへ・・・どうでした?」
「うん!なんか久しぶりにいい演奏を聞いたよ〜。すげーよかった!」

「もう一曲なにか弾きましょうか?」
「いやいや、今の一曲だけでじゅうぶんだよ〜。でもその楽器、すごくいいね。クレモナのオールドでしょ?」
「そうなの?コロニーに居るおばあちゃんが、最近プレゼントしてくれた楽器だからよくわからないわ」

「おばあちゃん、楽器弾くの?」
「ええ、数年前までは趣味でコロニーの室内楽団に入ってたみたい。最近は楽譜が見にくいからって、
庭いじりくらいしかしてないみたいだけど」

「紅茶、もう一杯どう?」
「あ、じゃあ今度はロイヤルミルクティーで」
「なにぃ〜?」
「あ、ゼイタクすぎた?」
「ぜんぜん。ぼくも飲みたかったし(笑)」


3.喋

ガレージのすみっこで、紅茶とクッキーをつまみながら世間話。

「じゃ、みずさんは半年ほど前にこっちに引っ越してきたんですか〜」
「うん。で、いまはこうやって修理屋さんで食いつないでるんだよ」

「へ〜、でもメカだけじゃなく、電気にも詳しそうですね」
「あ、あの家電の山ね・・・直せるものを直してこのあたりの人に売ってるんだよ。
ラジオや冷蔵庫とかはみんな欲しいみたいだからね」

「でも、こんな修理屋さんがクラシックに詳しいなんて、わかんないわ〜」
「だってぼくも昔はバイオリン弾いてたからね」

「え?楽器弾けるの?!」
「うん、最近はほとんど触ってないけど・・・」

「何年くらい前から?」
「24年前から(ぼそっ)」
「えぇ〜っ!どうりで詳しいと思ったわ」
「まあ・・・年数だけは、ね」

「そうだったんだ〜。こっちでバイオリンを弾く人に会ったのは初めてよ」
「おどろいたでしょ?この町でも知ってる人はほとんどいないと思うよ」
「そうよね〜、こんなガレージやってる人がバイオリニストだとは誰も思わないわよ」

「そうだよね〜。ところでさ、室内楽とかはやったことある?」
「う〜んそれはないわね。もっぱら聴く方専門かしら。バッハとかレスピーギとかね」

「チャイコフスキーはどう?」
「弦楽セレナード?あれ、かっこいい曲よね〜」

久しぶりに、音楽の話ができた。
この世界に来て、初めてなんじゃないかな?
クラシックの話題で盛り上がったのは・・・・

「ねえ、かなり遅くなっちゃったけど、そろそろ帰った方がいいんじゃない?」
「そうねー、今日は月も出てないから・・・そろそろ帰るわ。今日は本当に助かっちゃった♪」
「ぼくも久しぶりに音楽の話ができてたのしかったよ〜」

彼女は車に乗りこんだ。

ぱち
ふぃぃぃいー・・・・
インバータの独特の音が聞こえてきた。

ぱっ
放電管式のヘッドランプが、まばゆい光を放ち始めた。
うわ、すげー明るいなぁ・・・しかもHID式とは違い、太陽光に近い自然色発光だ。

「じゃ、おやすみなさい〜」
「おやすみ〜」

うぃぃぃーーーん・・・・
ハミングのようにかすかな動力音と、コロコロというタイヤの音だけを残して、
彼女は静かに帰っていった。

「あ、名前・・・・聞くの忘れちゃったよ」

きわめて不覚。

「さてと。車を中に入れようかな」

かち
きゅるるぼわん!ぶぉぉぉぉ・・・・ふぁおん!ふぉぉぉ・・・

いい音なんだけど、けっこう大きい音なんだよね
いくら近くに人が住んでいなくても、夜中は結構気を遣う。
なにせこんなに静かな所だから、空吹かしの音がコアジロの近くまできこえてもおかしくはない。



すばやくガレージに車をしまって、エンジンOFF。
シャッターを下ろして、今日の作業はこれで終了。

「なーんか、紅茶ばかり飲んでたからおなか空いてないな〜」

久しぶりに、楽器を出してみようと思った。
ぼくも、何か弾きたくなってきた。

4.愁

学生時代に、バイオリン工房の宇野さんに無理を言って、特別に作ってもらったバイオリン。
ここに来る前は、毎年楽器を持ちこんでは調整やバージョンアップをしてもらっていた。
楽器の音は年を追うごとに良くなっていく。
それに合わせて魂柱の太さや位置を毎年ちょっとずつ変えていく。
そして宇野さんがその年で会得した新しい技術も、ぼくの楽器に反映される。

だから、ぼくの楽器は常に宇野さんの理想に近い状態を保っている。
何よりも安心できるのは、製作者の宇野さん自身の手で毎年メンテナンスされるということだ。

ぼくも、モーツァルトのロンドを弾いてみた。
「ありゃ?」音を間違えた。
「う」またもや。

一番かっこいいカデンツァ
「う゛・・・」落ちた。
結局最後までちゃんと弾くことはできなかった。

「あ゛〜10年も弾いてない曲だと、こんなんになっちゃうんだな〜」

気を取り直して、もっとゆっくりな曲を弾いてみる。
シシリアーナ
ぼくの十八番。この曲だけは絶対にうまく弾ける。

流れるような、ちょっと気取ったような旋律を弾きながら、あれこれ物思いにふける。

「この楽器をメンテできる人は、この世界にはいないんだよな・・・」
ぼくは楽器の調整や修理はできないので、大事に使わないととり返しのつかないことになる。

「今のうちに弦や弓の毛だけはデータにしておいた方がいいなぁ・・・」
万一交換時期が来ても、データがあればレプリケータで何とかなる。

「そうだ、アル坊の部品だってデータに取っておかないとまずいなぁ・・・」
この前バンパーを壊した時、バンパー本体はたまたまデータがあったが、
ダクトやカウル類のデータはなかったので補修に苦労したな。

ま、演奏中は大体こんなことを考えている。
去年の年末にベートーベンの第9を弾いていた時は、アル坊の足回りのセッティングをどうするかを
4楽章のコラールが始まるまでずっと思案していたし。

曲を弾く脳と思考を司る脳は別らしい。
だが、曲を弾きながら誰かと会話するのはできなかった。
喋ろうとしたとたん曲がストップ(笑)

訓練すればできるようになるらしいが、ぼくには必要性が感じられないので
それから努力はしてない。

曲が終わった。

今日の仕事は終わりだが、明日の仕事ができた。
久しぶりにあの巨大な3Dカメラの登場だ。
今後必要になりそうな消耗品を片っ端からスキャンしてデータ化する。
アル坊の交換部品に弦に駒に弓の毛に・・・
そういえば食料品もレプリケータで作れるんだろうか?
でもあの機械で作った野菜とかを食べるのはちょっと勇気が要るなぁ・・・


5.働

暦の上では春はとっくに来ていたが、ここ2、3日でようやく暖かくなってきた。
プロパンガスヒータの燃料はほとんど空になっていたが、これなら追加を買う必要もないだろう。
冷却水を抜き、3つのポリタンクに分けて保管する。
配管は窒素ガスを充填して錆びないようにしておいた。

ダイコン畑は、いつのまにか菜の花畑にかわった。
もう少しすると、すいかの苗が植えられるだろう。

結局レプリケータ用のスキャンデータは、全部で100品目を超えた。
ほとんどはアル坊の交換部品だ。

あと、お気に入りの食器や補修用の樹脂類に、楽器の弦など。
念のために外壁材や窓ガラス、屋根のスレートもデータ化しておいた。

なんだかんだで、データ化の作業は3日くらいかかってしまった。
修理のお客が来なかったので、作業自体はスムーズに終わったけど。

そのあと、プランターに野菜の種をまいてみた。
キュウリにトマトにすいか。
苗になったら畑に植えよう。
ガレージを譲ってもらうときに、廃車置場の反対側の空き地も一緒にもらったのだ。
来たばかりのときは忙しかったのでほったらかしにしてたけど・・・



長い間貸してた軽トラが帰ってきたとき、
町内会からトラックのお礼にと、野菜の苗とトラック一杯分の肥料をもらった。
「みずさんよぉ、せっかくだからあの畑で野菜作ってみなよ」
「そうですね、最近あったかくなってきたし、体を動かすのにちょうどいいかもしれないですね」

暖かい春の日差し。
荒れた畑に鍬を入れて、土に空気を含ませる。
肥料をまいて、かき混ぜる。

たいして広い畑ではないが、けっこういい運動になる。
額から汗が出てきた。
今日は、全身を気持ちいいくらい動かしている。
トラクターを借りればすぐ終わる広さだが、それじゃあ面白くない。

しかし次の日、ちょっと後悔した。

かちゃ
きいぃぃぃ・・・ぱたん

「こんちは〜」
「あら、ひさしぶりね」
「先生、また例の薬出してもらえます?」




6.森

春の日差しがやさしかった朝、
すごく久しぶりに、コアジロの森に行ってみた。
特に目的があるわけじゃない。
ミサゴにはお目にかかることはないだろうし。



ただ、春の兆しを感じたいから、行ってみようと思った。
鳥の鳴き声や、森のさわさわした感じ、土の匂い・・・・

なんかこう、森全体が、来る人を歓迎してるような感じだ。
入り江の岩場に腰掛けて、ほっと一息。

岩場のかにが、打ち寄せる波を器用にかわしながら移動していく。
遠くの方で、トンビの鳴き声がきこえる。

「ふぅ〜・・・やっぱ落ち着くよな、こういう風景って」



「こんにちは♪」
「え!あれ?・・・なんで?」

「ここはわたしもよく来るんですよ。この前は車、直してもらえて助かったわ」
「バッテリーの減りとかは大丈夫?」
「ええ、前と同じよ」
「それはよかった」

「みずさんはここへはよく来るの?」
「いや、すごく久しぶりだよ。秋に来て以来だからね。ひょっとしてここにぼくが居るってわかってたの?」

「車が停まってたからたぶん森にいるんじゃないかなーって」
「じゃ、あの畑の所通ってきたんだ」
「あたり〜」

「さっきの坂降りてくる途中に枝道あったの知ってる?」
「え?あの急な坂の右のところ?」
「そうそう。あそこ行くとトンネルがあってね、半島の向こうに抜けられるのよ」
「えぇ〜っ!?・・・知らんかった」
「ちょっと行ってみない?」
「え?・・・そうだなー、行ってみよっかな?」
今日は特に予定もない。
たまにはこういう森の散策もいい。

目の高さくらいある葦のしげみをかき分けて、
ぼくは彼女のあとをついていくことにした。

「ここ、右側ぬかるんでるから気をつけてね〜」
「OK〜」

やがて、しゃがんで入れる程度のトンネルに出た。
「これ?」
「そう♪」



よく見ると、向こうに明かりが見える。
長さは100mくらい。たぶん、戦時中に掘られた壕のようなものだろう。

「中はゴミだらけだから気をつけてね〜」
ぱき
がらがらがら・・・
!?

「あ〜窓枠踏んじゃったわ」
「大丈夫?」
「大丈夫」

うわ〜空き瓶やボートまで・・・でも、ス○ライトの1リットルボトルとかを見ると、なんだか懐かしくなる。
なぜか1980年代のゴミがすごく多い。

「そろそろ出口よ」
「ほーい」


7.浜

トンネルを抜けると、砂浜に出た。
小さな漁港らしい。ちょっと季節外れの干しダイコンが、軒先にとりのこされている。



ずっと遠くに、岬が見える。その突端には白い木造の建物が。
「あれ?カフェアルファじゃん」
「あ、あの喫茶店、知ってるの?わたしは夏ぐらいに一度行ったけど、残念ながら買い出し中らしくて臨時休業だったのよ」
「ぼくはよく行くよ。このあたりの人はけっこうよく来るからね」
「そうなんだ〜。ねえ、ちょっと行ってみない?」

「けっこう距離あるよ〜」
「ちょうどいい運動になるじゃない」
いや、ちょうどいい運動はもう昨日やったんだけど・・・
でも、久しぶりにカフェアルファにも行ってみたいし。

「よっしゃ!行ってみよう」

海岸沿いの小道をてくてくと歩く。
砂浜に降りてみた。

潮の匂いが強くなる。
ちょっと暖かい、昼の日差し。

「水あったかいよ〜」
「え?・・・ほんとだ♪」



海の水。
すくってみると、もうつめたくない。
この前まで冷たかった海風も、いつのまにか、ほわっと暖かくなった。

「今日はホントにあったかい日だね〜」
「そうね〜すごく気持ちいいよね〜」

もうすぐお昼になる。
カフェアルファまで、あと半分。


8.憩

小道を離れて、このまま海岸沿いを歩くことにした。
しめった砂に、2列の足跡が続く。

「けっこう距離あるわね〜」
「でしょ?ちょっと休む?」
「ううん(否定)大丈夫」

てくてくてく・・・・
打ち寄せる波を微妙に避けながら、しめった場所を選んで歩く。
乾いたところは足を取られて歩きにくいからね。

「ねえ?」
「?」
「やっぱちょっと休もうよ」
(^_^;

「じゃ、あの船のある所で休もっか?」
「そうね〜」



ちょうどいい具合に角材が置いてある。
しめった砂を軽くはたいて、その上に腰掛ける。

ホントは船を引き上げるときの摺り板なのだろう。
カリカリに乾いた海草が絡んでいる。

「ふう〜こんなに歩いたのはひさしぶりだよ」
「わたしも。カフェアルファって、ずっと見えてるのにけっこう距離あるのね」
「前に行ったときも、歩き?」
「まさか〜、車よ。前から荒崎の方へはよくドライブに行ってたのよ。そしたら
西の岬の先っぽに白ペンキの建物を見つけたの。実際にたどり着くまでに3日かかったけど」

「普段は何やってるの?」
「倉庫番みたいなことをやってるわ。立ち寄る人も少ないからけっこう暇なの。
いつも本を読んだり、倉庫の中で楽器弾いたりしてるの」

「何の倉庫なの?」
「動かない車が並べてあったり、昔の本やCDなんかがあるの。来る人は自由にそれを見たりできるってわけ」
「図書館と博物館が一緒になったようなものかな?」
「そうかもしれないけど、でもあれはどう見ても倉庫よ〜」

「なんで?」
「本やCDが置いてある部屋はとにかく物が多すぎるのよ。もう何年もかけて整理してるけど、
あとからあとから出てくるからきりがないの」

なんだか自分の部屋のことを言われてるみたいで耳が痛いなぁ・・・
「そ、そろそろ行かない?」
「そうね」

ふたたび移動開始。


9.会

ようやく西の岬に到着。
さてと・・・

「この急なしげみを登れば着けそうだよ」
「そうね・・・」

がさがさがさ・・・・・
けっこうここは人が通るらしい。
わずかだがちゃんと道がついている。

やがて見慣れた建物が見えてきた。



「おーい、カフェアルファに着いたよ〜」
「もう、ちょ、っと、ま、って、〜・・・はぁ、着いたぁ〜」

「あ、おじさんの軽トラがあるよ」
「おじさんって?」
「ガソリンスタンドの」
「あ、あのおじさんね」
「よかった、今日は開いてるみたいだよ」

カロン♪

「いらっしゃいませ〜、ありゃま!みずさんひさしぶり〜」
「ぃよぉ!みずさんひさしぶりだな〜!」

「ども、ごぶさたです」
「こんにちは〜」

「お?あんたたしかこの前ウチにきたよなぁ?」
「ええ、あの後みずさんのところで充電してもらったんですよ」
「すぐ直ったろ?」
「ええ、おかげさまで」

「ご注文は?」
「じゃ、カフェオレを」
「わたしも」


10.賑

久しぶりに見る、アルファさん
いつもと変わらない手際。

こぽこぽこぽ・・・
かちゃ

「はい、カフェオレ、おまちどうさま」
「あ、ありがと〜」

静かな春の午後、
カフェアルファはひさしぶりに満員御礼だ。



アルファさんも、自分のコーヒーを持って輪に加わる。

「カマクラで倉庫番をしてるんですか〜?」アルファさんは、彼女の言葉にちょっと興味を持ったようだ。
「ええ、そこに住んでるんですよ」
「自分の家が倉庫なのかい?」ちょっと驚いたような口調のおじさん。
「ええ、そうなんですよ。コレクションっていうのかガラクタって言うのか、20世紀後半のものがほとんどですけど」

「おい、20世紀後半って言えばみずさんの来た・・・」
「わ、わ、わ!」ぼくは慌てておじさんの言葉をさえぎった。

「え?みずさんがどうかしたんですか?」
「い、いやぁ・・・なんでもねぇよ・・・(ワリィみずさん、ナイショだったのかい?)」
「そうそう(あったりまえでしょ〜。知ってていいのはこの町の人だけですよ)」

「??・・・みなさん、今度カマクラへ来ることがあったらぜひ寄ってくださいね」
「そうねー、昔の本なんかもいっぱいあるんでしょ?行ってみたいな〜」と、アルファさん。
「古い車が並べてあるって言ったよね、どんなのがあるの?」
「みずさんの乗ってるのと同じっぽい車があるわよ。他にもう少し大きい車が2、3台あったと思うけど・・・」

「あれと同じ車?」
「ええ、緑色で、ALPINAってマークが付いてて、車体が低くて・・・」
おいおい、ぼくのアル坊は本物のアルピナだぞ・・・
たしか正規輸入された緑のB3は数台しかないはずなのに、そのうちの1台がこの時代まで残ってるなんて考えにくい。
どうせ3シリーズ改の「もどき」だろう。

「それって、ナンバープレート付いてなかった?」
「みずさんの車に付いてる『・355』っていうプレートでしょ?置いてある車にはナンバープレートは付いてないわ」
「そうかぁ・・・」
ナンバーが返納されてると、車検証でのチェックも期待できないな。

「他にはどんな車があるの?」
「もう何年もその部屋には入ってないから・・・たしか黒い2ドアのアルピナがあったような気がしたわ」
「名前はわかんない?」
「ちょっと覚えてないわ。その黒い車がおじいちゃんの一番のお気に入りだったの」

「おじいちゃん?」
「数年前にコロニーに行っちゃったわ」
「そう・・・じゃ、今は両親と?」
「わたし以外の家族はみんなコロニーに行っちゃったわ。わたしはあの倉庫が気に入ってたから残ったの」

「そっか・・・」
この世界、家族で暮らしてる家ってホントに少ないようだ。
タカヒロにしても、両親の話を聞いたことないし・・・

ほとんどの人が、一人暮らし。
でも、みんなが家族のように助けあって生きている。
だから、ぼくもすぐに町の人たちに迎えられたんだな・・・

「みなさん、おなかすいてないですか?」
「あれ、アルファさんいつのまにカウンターに戻ったの?」

「えへへ・・それはおいといて、わたしお昼を作ろうと思うんですけど、みなさんも一緒にいかがです?」
「そうだね〜、ちょうどおなかもすいてきたし」
「わたしも〜」
「みずさん、カフェアルファの裏メニュー、はじめてだろ?」
「ええ。牛乳も卵もお肉もダメな人って、普段何食べてるんでしょうね?」

「案外普通なんだぜ」
「そうなんですか?」


11.召

大鍋一杯のお湯を、強火で沸かすアルファさん。
沸かしてる間に、今度は奥で何かを計ってきたようだ。
大きなフライパンを出して、やはり奥で切ってきたらしいボウルの中身をしゃああ・・・っと。

味付けはオリーブオイルに塩こしょう。

「あ、なるほどね♪」

お湯が沸いたところで、きっちり計量されたパスタを円錐状にならべる。

やわらかくなったパスタが、ゆっくりと鍋に浸かったところで塩をひとつまみ。

「いいにおいですね」
「だろ?」と、おじさん。

アルファさんは、鼻歌など歌いながらご機嫌だ。

大きなフライパンにパスタを移して・・・・
「はい、できあがり〜、4人分なんて量ははじめてだから、おいしいかどうかはわかんないですよ〜」

「いやいや、おいしそうじゃないの〜」
ほうれんそうとマッシュルームのパスタ。
盛り付けは各自で食べたい分だけとる。

「おいしい〜」甲高い第一声。
「うん、これはおいしいよ〜」二番手はぼくだ。
「だろ?」なぜか得意満面のおじさん。ちょっとその気持ちもわかるような気もするけどね(^_^)

「えへへ・・・まだありますから、どんどん食べてくださいね」
「へへ、さっそくおかわりいただき〜」
「わしも・・・」

おなかもいっぱいになったところで、テラスに出てみた。

「う〜んいい天気だ〜」
「そうね〜」

おもわずうたた寝したくなるような陽気。


12.帰

おなかも落ち着いて、ふたたび4人でコーヒータイム。
かなり長い間しゃべってたかもしれない。
気付いたら、日差しが斜めに入ってくる時間になっていた。



「んじゃあ、そろそろ帰るワ」
「またいらしてくださいね」

カロン♪
「およ?」
ドアを開け、帰ろうとしたおじさん。ふと立ち止まると、ちょっとびっくりした顔で振り向いた。
「みずさん、車どうしたんだい?どこにもねえじゃんか」
「あ、今日は2人でコアジロから歩いてきたんですよ」

「コアジロ?けっこう遠いじゃんかよー、よかったら送ってってやろうか?」

「どうする?」
「乗せてもらおうよ」
「そだね」

「じゃ、おねがいできますか?ぼくは荷台でいいですから〜」
「おう!・・・でも何とか乗れねぇかな?・・・やっぱちょっと狭いなぁ・・・」
「いいですよ」
「わりぃな」

定員オーバーの軽トラを見送りに、アルファさんがわざわざ外まで出てきた。
「またいらしてくださいね〜」
「また来るね〜」

ぱらぱらぱら・・・・
軽トラは、久しぶりのフル積載にもかかわらず、快調に走っている。
「足回り、あれから特に変じゃないですよねー?」
「おお!エンジンも元気だしヨ」

「みずさんってホントにメカに強いんだ〜」
「いや、限界はあるよ〜。それに電動車の方がちょっと楽かな?」

もうすぐ夕方になる。
あっという間の一日。

車を置いてきたあぜ道のつきあたりが見えてきた

ばおん!ぱらぱらぱら・・・
・・・きいぃい、ぱたん。

「じゃみずさん、ここでいいかな?」
「わざわざありがとうございました!」
「なあに、どうってことないさ・・・じゃあな!」
ぶおん!ぱらぱらぱら・・・
「お気をつけて〜!」

「さ、ぼくらも帰ろうか?」
「そうね」

かち
きゅるるふぁおん!ぉぉぉぉ・・・

かち
ふぃぃぃん・・・

「じゃ、またね」
「またね〜」

ぼくは、トコトコと走り去る電気自動車を見送った。
「結局、名前聞けなかったな・・・」
この臆病者が。

車に乗りこみ、ガレージに戻る。
「今度、カマクラに行ってみよう・・・・」
できるだけ早いうちに。

(第8章おわり)

それにしても引っ張ります。
ホントのこと言うと、まだ名前決めてないんですよ。
ああっ、石なげないで〜!!
次回はちゃんと書きますぅ・・・・

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