あるサラリーマンの物語

第6章 「帰郷」


1.冬本番

忙しい稲刈りも終わり、修理の仕事も凪の時期に入った。
ほとんどが、パンク修理やエンジン整備などの軽修理や調整ばかり。
事故車の修理などはこれまでのところ全くない。
交通事故が皆無というのは実にいいことだ。
あぜ道から転落した車の救助&修理くらいは、たまにあるけどね・・・

雪こそ降らないが、寒い日がこれだけ続くとさすがにつらいので、
ついに先日、ジャンクヤードでプロパンガスヒータを買った。
これは、石油ファンヒータなどのような安易な物ではない。
名前がすごかったんで興味を示したら、社長の術にまんまとはまってしまった。

「だいたい暖房のついてない家なんて珍しいぞ〜」
「でも・・・ホントにこれしかないんですか?」
「火気厳禁の部屋で使えるのはこいつだけだな」
「はぁ〜そうっすか・・・でも、こんな複雑なのをぼくひとりで組めますかね?」
「大丈夫さ、あんた修理屋だろ?壁さえはがせれば楽勝だから、これにしなよ」

「そうですね!・・・じゃ、部品が揃ったらウチまでとどけてくれますか?」
「おぉ、この住所のとこだな?」
「ええ、できるだけ早くおねがいしますね」
「明日には届けるからよ」

そして、ジャンクヤードから届いた物は・・・
40kgのガスボンベ1本(これはサービスらしい)
LLCの入った20リッター缶2つ
屋外置きのボイラー1台(高さ2m、幅奥1mと、けっこう大きい)
熱交換器数台(小型のファンヒータのような熱交換器が4台)
配管一式(2〜5mの金属パイプ&ゴムホース十数本と配管ジョイントやシールテープなど)
これがセットになっている。
ガレージに運び込んだら、車の置き場所がなくなってしまうほどの量だ。

「なんかすごく大袈裟じゃないですか〜!」
「そんなことねえよ。配管は全部壁の中だからよ」
「そういう問題じゃなくってー・・・」

屋外に据え付けたボイラーで沸かした温水を室内の熱交換器に引き込み、
ファンで温風を出すという構造なので、家中の壁をはがしまくって
2週間掛かりで配管を埋め込み、やっとのことで設置完了。
ときどき遊びに来るタカヒロにも手伝ってもらったので、
思ったよりも早くできた。

「なんだかなー、設置工事で体を動かしてるから十分あったかいなぁ」
これじゃ、本末転倒だよね。

いよいよ試運転。

制御パネルは廊下の突き当たりの壁にある。
ここでボイラーを点火する。

ぱち
かちかちかち・・・しゅぼっ
ぶわーん・・・・・

温水の温度が45度以上になるとポンプが回り始める。
急いで部屋に行き、ヒータのスイッチを入れる。

やがて、ほんわかした温風が足元から出てきた。
「よっしゃ!完成〜♪」

ガスの火力は、帰ってくる温水の流量と温度に応じて自動制御されるようだ。
夜は念のため、タイマーオフさせたほうがいいだろう。

そして朝はタイマーオン。
これで明日から早起きが楽になると思う。たぶん・・・


2.衛星イコノス

ここのところ修理の仕事はほとんどなし。
でも、飛び入りの軽作業がときどきあるので、あんまりカフェアルファに
入り浸ってるわけにもいかない。

一応、車で出かける時は商売道具の工具箱くらいは持ってくけど、
たまにそれだけじゃ対応できないような修理があったりするしね。

最近はジャンクヤードで手に入れたワークステーションで
いろんな所にアクセスするのが日課になっている。

最初にうまく行ったのは、通研のセキュリティエリアのデータベース。
これさえつながれば、いちいち通研まで行かなくてもデータの参照が可能だ。

ほかには、コロニーの研究所や使用が終わった実験施設へのアクセスに成功している。
そして今トライしているのは、人工衛星の制御だ。

はるか昔の偵察衛星。

その昔は、戦争の道具として使われていたらしい。
1990年代には、当時の2大国家の「冷戦」が終わり、役目を終えた偵察衛星は
ある民間企業によって商業化されたという。

衛星イコノス。
楕円軌道で地球を周回し、地上からの制御によって若干の軌道修正も可能。
解像度は最高82cm。
池に浮かぶ水鳥も、存在だけなら撮影可能だ。



この衛星のアクセスに成功したのは2週間前。
これまでに、撮影指示の出しかたと、データの受信方法はほぼマスターできた。

今日はいよいよ衛星に指示を出して、地上の様子を撮影しようと思う。
軌道修正の指示の方法はまだ分からないので、まずはなりゆきで写真を撮ってみる。

指示方法はワークステーションにコンパイラを組み込んだので、音声でOKだ。

「コンピュータ、撮影開始。完了次第画像を本端末に転送」
「パラメータを指示してください」
「解像度は1m。その他は現在の設定を維持」
「了解。撮影を開始します」

やがて、地上680kmを周回するイコノスから、映像が送られてきた。



「お〜出てきた出てきた♪」

最初の映像は、ワシントンDCの官庁街。
ケネディ空港への高速道路やスミソニアン博物館群、オベリスクが収められている。
驚きなのは、放置された乗用車までしっかり写っていることだ。
ポトマック川の桜並木も、しっかり確認できる。
とりあえず、実験は成功だ。

5分後、ふたたび撮影開始。



「これは・・・どこだろ?」

軍事施設か原発の跡のようにも見える。

少なくとも日本ではないと思う。
「なんだかなー、あんまり好きな場所じゃないなぁ、こういうところって・・・」
早く衛星の軌道制御を覚えないと、ほしい写真がなかなか撮れない。

「ま、今日はこのくらいにしとこうかな?」
ダウンロードした衛星の制御プログラムの解析を急がないとね。


3.タイム・リミット

衛星イコノスへのアクセスをはじめて、そろそろ3週間になる。
ようやく軌道修正の方法がわかってきた。

そして、イコノスの太陽電池がほとんど機能していないことも・・・

まもなく、イコノスは機能停止してしまう。
内蔵のバッテリーと今の太陽電池の発電能力から計算すると、持ってもあと3日。
せっかく動かしかたをマスターしたのに、残念だ。

軌道修正に使う固体燃料も、あとわずかしかないようだ。

やがて、イコノスが制御圏内に入ってきた。
あらかじめ入力しておいた軌道修正コマンドを直ちに送信する。
無駄な操作を省くため、時間のかかる音声入力はパス。

数秒後、イコノスは弱々しく最後の軌道修正を終えた。
これで燃料はおしまい。これからはずっとこの周回軌道を回りつづけることになる。

バッテリーの残量はあと3日分だ。

イコノスが周回軌道に乗ってふたたび上空に来るのは3時間後。
ぼくは直ちに撮影に必要なコマンドをセットする作業に入った。


4.動悸

今、海面上昇はどのくらいすすんでいるのだろう?
10m?
それ以上?
ぼくがつい半年前まで暮らしていた名古屋は、今どうなっているか。
60年後のこの世界で、ぼくの故郷は、ぼくの暮らしていた家は、どうなっているのだろう?

確かめたい。
この世界に来て半年。やっとここの生活にもなじんできた。
そして、ちょっと余裕も出てきた。

「気分転換に、ふらっと遠出してみようかな?・・・でも、道は大丈夫なんだろうか?」
このあたりの海面上昇は約10m。
地盤の沈降などを合わせると、20mも海面が上昇した地域もあるらしい。
一年で海岸線が変わってしまうため、本屋で売ってる地図はあてにならない。
「さて、どうしたものか・・・」

そんなとき、ふと思い出したのだ。
冷戦後、商業化された偵察衛星が、今も上空を周回していることを。

そう、イコノスの高解像度撮影なら、地上の様子が上空から確認できる。

衛星へのアクセスは、そんな理由から始まった。
そして、2週間がかりで基本操作をマスターした。

昨日から撮影を開始。
しかし解析の結果、軌道修正用の燃料はもはやなく、
あと3日で衛星のバッテリーも切れてしまうことが判明。

ここからが正念場。限られた時間の中でなんとかするしかない。

軌道修正まではうまくいった。
あとは、3日分のバッテリーで撮影が完了できるかどうかだ。

イコノスが制御圏内に入ってきた。
直ちにコマンド送信。撮影は・・・・?

数分後、イコノスからのデータが送られてきた。
映像のダウンロードには2、3分かかる。

少しずつ、映像が現れてくる。



ムサシノの国の球場跡のようだ。

「もっと西だな・・・」

レンズを西へ0.2度修正。シャッタースピード補正・・・
コマンド送信が迅速にできるように、撮影指示までのコマンドを
パケットファイルにして保存しておく。

次の周回までは、そう、3時間はあるな。
さて、紅茶でも入れようかな・・・


5.むなさわぎ

しばらくすると、空が曇ってきた。
「まずいな・・・」

やがて雨が降り始めた。
冷たい、冬の雨。

細かい雨が、風のような音を立てながら、降る。

悪い予感は的中した。
次の周回で、パケットファイルを送信。

しかし、転送されてきたのは厚い雲の映像。
これでは地上の様子はわからない。

その後、日没までに2回チャンスがあったが、天候が悪かったため
神奈川以西の様子はついにわからなかった。

イコノスのバッテリーはあと2日しかもたない。

頼む。
明日こそ晴れてくれ・・・


6.ラスト・チャンス

今日は、イコノスのバッテリーが機能できる最後の日。
このチャンスを逃すと、上空からの写真撮影は永久に不可能となってしまう。

東の空が明るくなってきた。
ワークステーションを起動。イコノスにアクセス・・・・成功。
アプリケーション起動、コマンド送信準備完了。

「よし、準備完了!」

今は一応晴れているが、雲の流れが速いため、イコノスが上空を通過するタイミングが悪いと
地上の様子は撮影できない。

最初のトライは1時間後。

さて、今のうちに朝食をとっておこう・・・
今日は長期戦になりそうだ。


7.過失

午後。
あいかわらず、上空は厚い雲におおわれていて、まともに撮れた写真は一枚もない。

かろうじて、正午前に撮れたものが、浜名湖あたりまでを部分的に捉えていた。
これまで撮れた写真を合わせてみると、それだけでもまあまあの情報になる。

次の周回まであと3時間あるので、とりあえず今までに撮れた写真を見ることにした。

全体を見た感じでは、海面上昇はかなり深刻な状態である。
今の海岸線に、かつての面影は全くない。

厚木、静岡、浜松・・・
海岸沿いの大都市は目も当てられないほど様変わりしている。
都市全体のほぼ半分が海に沈んでいる。
海面に点在するビルが、その急激な変化を物語っている。

東名高速。
御殿場の先、A線とB線の分岐。
道をたどっていくと、B線は5km先で途切れている。
B線はNGだな。
A線で行くか、上りを逆走するしかないようだ。

名古屋までの道のり。
御殿場までは普通に走れそうだ。
ただ、トンネル内がどうなっているかわからないので、迂回路だけはチェックしておく必要がある。

ここからは、何枚かの写真を見比べながら、雲に隠れていないところを選ぶ作業に入る。

「そろそろだな・・・」
まもなくイコノスの、午後一の制御圏内入りだ。



通信状態をチェック。
・・・・応答なし。

再送信。
・・・・応答なし。

「おい!何で応答しないんだよ・・・・そうだ。こっちの周波数でログを送信してたっけ」

イコノスの自己診断システムは、別の周波数で衛星の状態を常に送信している。
それを受信すれば原因がわかるかもしれない。

周波数を合わせ、コンパイルをかける。
「おい・・・嘘だろ?」
衛星から繰り返し送信されていた内容に、ぼくは目を疑った。
記録によると、つい20分ほど前に衛星のアンテナが故障。
これにより一切のコマンド受信が不可能になり、衛星は事実上機能停止してしまったのだ。
突然の機能停止。

「そうか!・・・しまった。なんてこった・・・」
もっと早く気付くべきだった。
日本上空は、かつて気象衛星や通信衛星がひしめいていた。
おそらくイコノスは、ぼくが行なった軌道修正によって、それらの残骸に衝突してしまったのだ。
軌道修正の時のブースターの角度がまずかったのだろう。
必要な高度が維持できなかったため、イコノスは残骸に衝突し、アンテナを壊してしまったのだ。

「そんな・・・・」
ぼくはしばらく、身動きもできなかった。
自分のミスで、チャンスを失ってしまった。

仕方がない。
これまでに得られた写真だけで何とかするしかない。

名古屋が今どんな様子なのかを、写真だけで確認するつもりだったが、
こうなると、やはり自分の目で行って確かめるしかない。
写真だったら、パッと見てそれでおしまいにできたのに、じかに見に行かなくてはならないとは・・・
すごく不安だ。
複雑な心境。


8.休暇

3日分の食べ物と、着替えを少し。
トランクには予備のガソリンを50リッター積んだ。

タイヤリペアキットも用意しておいた。
「ま、これだけ用意しておけばいいだろ」



『しばらくお休みします・GARAGE355』
玄関に張り紙をして、出発。

衣笠インターから横浜横須賀道を北進。
衛星写真を見るかぎり、御殿場までの道のりは行き帰りとも高速道路が通行可能だ。

それに、ここまではヨコハマへ行った時の道と同じだから、ちゃんと走れることはわかっている。

保土ヶ谷バイパスの電車道を横目で確かめながら、北進。
いよいよ横浜町田インターから東名に入る。


前方にも、後方にも、対向車線にも
ぼくの車以外に走っている車は一台もいない。

こういう長距離を一気に走れる車は、もうこの世界には残っていないのだろうか?

そういえば、ヨコハマに行った時も、乗用車は一台も見なかったな・・・


やがて、富士山が見えてきた。
2月だというのに、山の頂上近くにしか雪がない。
海面が上昇するくらいなので、あたたかいのだろう。

東の方から見ると、少し頂上が崩れているのがわかる。

「これは、近くで見るとすごいなぁ・・・あの富士山がこんな形になるなんてね・・・」
よほど激しい地震があったのだろう。
ほとんどの人がコロニーに脱出してしまったのもわかる。

やがて、A線への分岐が見えてきた。
写真で途切れていたB線の入り口は、バリケードで何重にもふさいである。

写真では細い線にしか見えなかったが、かなり頑丈なバリケードが立ててあったのだ。
「これなら安心して走れるよ」



トンネルは最徐行で通過。
でもそれは取り越し苦労だった。
崩落しているトンネルはひとつもない。
風に流された小石や木の枝以外に、危険物は皆無。

順調だ。

この調子なら、今日中には名古屋に着けそうだ。


9.新記録

名古屋を目指す旅は、きわめて順調。

富士インターを過ぎると、見通しのよい道路になる。
久しぶりの、オールクリア。



「ちょっと行ってみよっか?」
アル坊は絶好調。
いける。

3速からじわっとスロットルを開けると、瞬時に上半身が座席に押し付けられる。
頬の肉が後にひっぱられる。すぐ4速にシフトアップ。

「おまえって、こんなに速かったっけ?」

タコメータの針が赤いところに行く直前、5速にシフト。
加速はまだ続く。
久しく忘れていた感覚が、ふいに目を覚ます。



230・・・・240・・・246・・・250・・・253・・・254・・・・

タコメータの針は、6200rpmで止まった。
現在の速度はメーター読みで254km/h。
これ以上はどんなに踏んでも加速しそうにない。

「そろそろカーブだったな・・・」
ハーフスロットル。エンジンに負担をかけない微妙な減速。

久しぶりの感覚。
手のひらが湿っぽい。
後頭部の奥の方が、じんじんと冴えている。

もう、何を見ても動じないぞ。

心の準備、完了。

名古屋まで、あと80km。


10.期待/不安

浜名湖付近は、専用の迂回ルートを利用した。
きらきらと陽光が反射する湖面には、影になった橋脚だけが転々と続いている。

そんな風景を横目で見ながらトコトコと1時間くらい走ると、
やがて仮設のランプウェイが見えてきた。

これで本線に復帰。



この坂を降りると、まもなく愛知県に入る。
ここからは、衛星写真に全く写っていなかった領域だ。

昨日までの雲がうそのような快晴。
あと一日イコノスが無事だったら、ここまで来る必要もなかったのだが・・・
写真で確認できないだけに不安が募る。

名古屋も他の都市同様、壊滅しているのだろうか・・・

音羽蒲郡、岡崎、豊田インターは無事のようだ。
見上げるように巨大な第2東名のジャンクションも無事だ。
ただし、予想通り刈谷インターから西は通行止めになっている。

あと二つ。
三好インターの次が、いよいよ名古屋だ。

2車線が広がった。
あと500m・・・!


11.帰郷

「そんな・・・」
他に気の利いた言葉など出なかった。



名古屋インターのランプウェイまで行く必要はもはやなかった。

小高い丘を越えると、いつもならこのあたりで密集したビル群を目にするはずだった。
だが、今見えているのは、どこまでも広い、青い海。

ごく一部の高層ビルと、都市高速の高架だけが、かろうじて首から上だけを水面から覗かせている。

彼方に小さな島が見える。よく見ると、小さな塔が建っている。
「まさか・・・」

東山スカイタワーだった。
ガラス張りのタワーは、風にゆらめく水面の光を反射しながら、きらきらと光っている。

さらに遠くの方には、昔は白かったに違いない、ひときわ高いツインビルが海面に影を落としている。

かつての家も、いつも走ってたあの道も、お気に入りの店も、
みんな、みんな海の底。

ふぁぉぉぉぉ・・・・かち。
車を降りて、路肩にすわりこむ。

・・・さぁぁぁぁ・・・・ざぁぁぁ・・・
エンジンを止めると、静かに寄せる波の音以外、何も聞こえない。

覚えているかぎりの町並みを海面に描き、思い出に浸る。
そう、あの広告塔の角の交差点をまっすぐ行くと、駅があって・・・
そうだ、あのビルの近くに橋があって、小さい頃よく遊んだ公園がすぐそばにあって・・・
それから、それから・・・

でも今は、みんな海の底。

西日が傾いてきた。
もうここには何もない。それはこの一面の海を見れば明らかだ。
でも、もう少しだけ、思い出に・・・

やがて日が沈むと、あっという間に暗くなってきた。
ここにはもう、ぼくの帰るべき場所はない。
やっと、それを受け入れることができた。

あの海の底のどこかに、ぼくの家はあるのだろう。
もう、戻ることのない家が。

「帰ろう・・・」

ぼくは車に乗り、水没した故郷をあとにした。

さようなら、ぼくのふるさと・・・


12.マイ・プレイス

ハイビームが真っ暗な路面を照らす。
ぼくの帰るべき場所は、ガレージ355。



やるせない気持ちがぼくをせかす。
少しでも早く、走り去りたかった。

そしてなぜか、すっとした気持ちもあった。
正直言って、水没した名古屋の街はきれいだった。
ごみごみしたすべてが一面の澄みわたる海の底で、きらきら輝いていた。

たぶん、水没してなくて、家まで行けて、それが廃屋みたいになってたら、
ぼくの気持ちも揺らいだかもしれない。

「なんか、あそこまでハッキリした状況を見せられると、ふっきれちゃうなぁ・・・」

ぼくは視界が確保できる、ぎりぎりの速度で走りつづけた。

早く帰らなきゃ。
おじさんや、先生や、アルファさんやタカヒロが居る、あの場所に・・・

崩落した高速道路を一般道で迂回する。
しかし、荒れた舗装のせいでスピードが上げられない。

「あ」
半年ぶりの感情。
イライラとあせり。

「ナニ急いでるんだろうね〜。のんびり行かなきゃ」

ぼくは少しアクセルを戻し、ハイビームをローに落として
満天の星空を堪能しながら走ることにした。

車が少ない分、空気がきれいなんだろう。
星空の明るさが、そのことを証明している。

なにせ、この旅の途中に出会った車は、一台もなかったんだから・・・


13.帰宅

迂回路から高速に復帰し、ふたたびペースを上げる。

東へ。
目指すは、ガレージ355。

やがて3車線になった。
アップダウンのきつい山を越えると、かながわの国。

もうすぐだ。

はやる気持ちを抑えながら、ぼくはペースを守った。
ここで事故を起こしたら、いやだもんね。

アル坊も久しぶりの長時間走行だから、あまり無理させられない。

横浜町田インターから横浜横須賀道へ。

保土ヶ谷線の線路脇をひた走る。
しばらくすると、ムサシノ方面行きの電車とすれちがった。

たぶんこの時間だと最終電車だろう。
運転手や乗ってるお客さんが、珍しいものを見るような顔で、こっちを見ていた。

「そりゃそうだよな〜」
こんなところをこんな速度で走っている車なんて、めったにいないからね。

もうすぐ、佐原インター。
下り線の衣笠インターは使えないので、ひとつ先のインターから戻ることになる。



佐原インターを降り、しばらく走って高台に出ると、やがて一面の地平線。
畑の真ん中に、ぽつんとあるガレージ。

「ただいま♪」
ここが、ぼくの場所。

ゆっくりと車を敷地に入れる。

「あれ?誰か来たのかな・・・」

ぼくが出かける時に貼っておいた『しばらくお休みします(〜以下略〜)』の張り紙の下に、小さな紙が貼り付けてある。

車を降りて、メモを手にとって見る。

『みずさんへ、このメモを見たらできるだけすぐに来てください。 子海石』

ありゃま。
あのおっとりした先生が「できるだけすぐ」って言うからには緊急の用事だろうな・・・

でも、この時間じゃちょっとね・・・
明日の朝早く、行くことにしよう。

急に、不安になってきた。
子海石先生は、ぼくがこの世界に来た原因を理論的に明らかにできる唯一の人だ。
たぶん、9月にやったレベル4スキャンの解析結果が出たのだろう。
ずいぶんかかった割には、緊急でぼくを呼ぶところが気になる。

とにかく今日は休もう。
あとは明日の話にしよう・・・

(第6章おわり)


生まれ故郷を訪ねてみれば、見慣れた景色はまるでなく・・・
という心境でしょうか?
次回は、ちょっと子海石先生がかかわってきます。そして通研も。

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