あるサラリーマンの物語

第5章 「冬支度」

1.秋の夜長は・・・

あの霧に遭遇し、「夕凪の時代」に来たのは、まだ夏の盛り。
蝉や蜩(ひぐらし)が夏を謳歌していたかと思えば、
いつのまにやら夕焼けとカラスの鳴き声が郷愁を誘う季節に。
徐々に日も短かくなってきた。

秋は実りの季節。
トラクターの整備依頼が、急に増える時期だ。
深夜の突貫作業がしばらくのあいだ続く。
普段は、晩ゴハンを食べる頃が閉店時間なのだが、
収穫期にまにあわせないといけないので、とにかくがんばって修理を続けた。

とは言っても、町の人たちも協力してくれるので、つらくはなかった。
世間話をしながら、結構楽しくやっている。
晩ゴハンの差し入れがあるので、料理の苦手なぼくは大助かりだ。



稲刈りは町の人たち総出でやった。
昔このあたりは、すいかとだいこんがメインだったらしいが、
海水面上昇によって太平洋側の「米どころ」が壊滅し、食料難となったこと、
人口の激減により、かつての大規模な流通システムが機能しなくなったことなどから、
米など必要なものは、各国(自治区)で自給自足する体制をとるようになったのだそうだ。

いい匂いのする穂を、一束ずつくるっとまとめる。
こんなに体を使う作業は何年ぶりだろう。
初日だけで、体中の筋肉が「まいった」してしまった。

小海石先生のところに行って、「筋肉痛に効く塗り薬ないですか?」って聞いたら、
「ほっほっ、若いのに何なのもう・・・」って笑いながらガラスの小瓶を出してくれた。

稲刈りは3日で終わった。
稲刈りのお礼に、冬越しにちょうど足りる量のお米をわけてもらった。
これで冬の間の食べ物はあまり心配ではなくなった。
聞くところによれば、お米は町の人の分だけしか作らないらしい。
つまり、出荷して売るために作ってるのではなく、町の人の冬越しのために
作っているお米だったのだ。

2、3日で筋肉痛も治まった。
ちょっと体が軽くなったような気がした。やっぱ少しは運動した方がいいようだ。
少しづつ、健康体に近づいてるのかもしれないな・・・

そろそろ、ガレージ355を開いて半年になる。
いつのまにか、あたりはすっかり冬のきざし。
稲刈りが終わってしまうと、あたりの風景はいっそう寒々としてくる。
暖かい日は、紅茶と本を傍らに、テラスでひなたぼっこ。
寒い日は、カフェアルファに行くか、まじめに修理の仕事をしている。
これが最近のぼくの日常。


2.初対面

ひさしぶりに、カフェアルファに行こうかな。
今日はなんだか、雪でも降ってきそうな天気だ。
開店前かもしれない、ちょっと微妙な時間に、あえて行ってみることにした。



「あちゃー、やっぱり開店前だったか・・・」
アルファさんは外を掃除中。

「こんちわ!」
「あ、みずさん久しぶり〜!」
「えへへ・・・ども、ごぶさた。・・・積もった落ち葉を見ると、何かこう、冬〜って感じがするよね」
「そうですねー。でも、掃いても掃いても、ちょっと風が吹くと、すぐちらばっちゃうんですよ〜」
「くまでは、それ一本しかないの?」
「え?・・・っと、納屋に竹ぼうきならあったかもしれないですねー」
「じゃ、ちょっと手伝うよ!」
「すみません〜。これが終わったらすぐ、お店開けますね」

雑草の生い茂る柵をまたいで、母屋の奥に向かう。
「納屋はこっちだったよなぁ・・・」

カロン♪
「アルファさん、豆ってどこに・・・あら?」
「うお、っと!・・・あれ?・・・ココネさん?」

「え?あのー、ひょっとして・・・みずさん、ですか?」
「あたり。よくわかったね〜」
「アルファさんから聞いてましたから、すぐわかりました♪・・・あのー、豆の場所って、わかります?」
「う〜ん、カウンターの左下の棚になかったら、ちょっとわかんないなぁ・・・」
「あ、そこは探したんですよ〜」
「じゃ、アルファさんに聞かないとわかんないなぁ」
「そうですか〜」

「今日は、泊まり?」
「ええ、昨日来たんですけど、明日までこっちにいるつもりです。・・・今日はみずさん、お仕事お休みですか?」

「え?うん・・・特に決めてないけど、今日は急ぎの仕事もないから、お休みにしようかな?ってね」
「あら、いいんですか?」
「うん、ぼくの仕事って、そんなんで成り立っちゃうからね。今日はここでゆっくりしてから、
どっかへドライブにでも行こうかな〜ってね」
「なるほど〜」

「そういえば、豆の場所、アルファさんに聞くんじゃなかったっけ?」
「あ、そうでした!」
「あはは、ぼくも納屋に竹ぼうき取りに行くとこだったよ!」
「ふたりともそんなところで、なに立ち話してるの?」

「今ね、アルファさんの話をしてたんだよ。自己紹介の必要なかったね、って」
「あはは・・・。わたし、よく話をしてたから〜」
頭をかきながら、アルファさんが照れ笑い。

「そうそう、ココネさんが豆の場所、知りたがってたよ」
「アルファさん、豆の場所、おしえていただけますか?」
「えっとね・・・う〜んどこだったかなー?・・・左下の棚には、なかった?」
「ええ、みずさんもそう言ってたんですけど、ないんですよ〜」
「じゃ、品切れかな〜」
おいおい・・・
「ううん、母屋の台所にあったわ、たしか・・・ちょっと見てくるね」

アルファさんがココネさんをつれて店に入ってしまったので、
とりあえずぼくは納屋に竹ぼうきを取りに行った。


3.おちばかき

さっきアルファさんが集めたあたりには、もうつぎの落ち葉がちらほらと・・・
これは、早く片付けないとキリがなくなるぞ

「さて、はじめるっかぁ。うりゃうりゃうりゃ・・・」
とりあえず、全力で落ち葉を掃き集める。
ぼくには、あるたくらみがあった。
だいたい下心なしで、落ち葉掃除をやるわけ、ないでしょ。

「よっしゃ。これでいいだろう」
あたりの落ち葉はすっかり片付いた。
落ち葉の山は、かなりの量だ。
「みんなが戻ってくる前に・・・♪」
ぼくは車に戻り、新聞紙にくるんだ包みをもってきて、落ち葉の山の中に入れた。

そう。落ち葉と言えば、やきいも、である。
スタンドのおじさんにもらった大量のサツマイモ。
てんぷら、サラダに煮っころがし・・・
いろいろ料理もやってみたが、やはりシンプルなやきいもがいちばんいい。

「マッチがないな・・・そうだ」
車のシガーライターでなんとか火がついた。
ぱちぱちと、落ち葉の山からひとすじの煙がたちのぼる。
やがて、手をかざすと暖かく感じるほどになった。

アルファさんが戻ってきた。
「あ、すみません〜。ぜんぶ、おわっちゃいました?」
「うん、このあたりの落ち葉は全部集めおわったよ」
「ん?なんだかいいにおいがしますね〜。みずさん、ひょっとして、中に何か入ってるんですか?」
「あ、わかる?」
「えへへ・・・。わたしもやきいも、すきなんですよ〜」
「ココネさんの分もあるから、あとでみんなで食べよう!」
「わ〜♪、ちゃんと人数分、あるんですね?」
「とーぜん!」


4.開店

やがて、店のほうからいい香りが漂ってきた。
「あ、コーヒーのにおいだ・・・」
「うんうん。ココネ、うまくやってるようね・・・」
「今日はココネさんも手伝ってるの?」
「ええ、『泊まらせていただくかわり』なんですって。そんなに気を遣わなくてもいいのにねー」
「なーんか、ココネさんらしいや」
「ホントに」

カロン♪
「アルファさん、みずさん、コーヒー、入りましたよ〜!」
「お、ココネさんのコーヒーか!どんなんかな〜?」
「わたしが教えたんで、おんなじですよ〜、たぶん」
たぶん?

「アルファさん、いも、焼けてる?」
がさがさ・・・
「よさそうですよ、ほら」
「お、いい感じで焼けてるねー」
「じゃ、みんなでテラスでたべましょうか?」
「そうしようそうしよう〜♪」

ココネさんが、コーヒーを3人分持ってきた。
「はい、コーヒー、できましたよ」
「お、いい香りだね」
「あは、そうですか?」

ココネさんの淹れたコーヒーも、おいしかった。

「さて、やきいもはどうかな〜」
ぱか。
湯気がふわっと、たちのぼる。
黄色く、ホクホクした感じが、なんともうまそうだ。

「お〜、いい感じで焼けてるよ♪」
「では、いただきま〜・・」

ぱらぱらぱら・・・・ききぃ、ぶおん。

「へえよ、みずさん、きてる?」
「ありゃ、おじさん!どうしたんっすか?」
「あのよ・・・せっかくの休みにわりいんだけんど、ウチのスタンドに来た
ガソリン屋のローリーがエンコしちまってな、ちっと助けてくんねぇかい?」

「エンジンが掛からないんですか?」
「ま、そんなとこだ。ハイオク200リッターでどうだい?」
「あ、それ乗ります!すぐ行きますね」
ぼくはすぐに、席を立った。
「みずさん、おいも、どうするんですか〜?」
「ん〜、おじさんどうぞ!焼きたてでうまいっすよ」
「おぉ!?・・・いいのかい?」
「ええ、ぼくのかわりで悪いっすけど、よかったら食べてください。じゃ、そういうことで!」
それだけ言うと、ぼくは車に向かった。



「アルファさん、みずさんって、いつもああなんですか?」
「ん?そうね〜、いつもあんな感じだわ」
「ああ、後でもいいってのに、すぐ行っちまうんだよな」

「前の世界にいた頃の習慣らしいんですよ」
「なーんか、せわしいヤツだよな・・・ま、だからワシらも信頼してんだけどな」
「でも、せっかくこっちでのんびり暮らせるようになったのに、どうして忙しくしてるんでしょうね」
「ま、真面目すぎるんだろうな・・・そのうちここのペースにも慣れるんじゃねえかな」
「このおいも、どうしましょう?」
「こいつは食っちまおう。あとでワシが別のを持ってくるよ。帰ってきたら、やきたてをご馳走してやりな」
「そうですね」


5.往診



「お、あれだな・・・」
補給の終わったタンクローリーがスタンドの奥のほうで立ち往生している。

「こんちわー、おじさんに聞いたんですけど、エンジン掛からないのはこのローリーですか?」
「おお、あんたがみずさんかい?」
「どうぞよろしく!・・・さっそく、エンジン見せてもらえますか?」
「おぉ、バッテリーは良さそうなんだけどな、ほらこのとおりさ」
かち、ぐぐぐぐ・・・

「掛かりませんね」
「スタータは回ってるよな?」
「ええ、回ってますね。ポンプかなぁ・・・ このエンジン、何年くらい使ってます?」
「さあな・・・もう30年以上は使ってると思うぞ」
「そんなに!?そうなると、電気系はもう寿命ですよ」
「やっぱそうかい?そろそろだめかなーって言いながらも、だましだまし使ってきたんだけどな、
ウチもこれ1台きりだから、こいつが動かなくなると代わりがないんだよ」

「そうですか・・・すぐ、どこが悪いか見ますね」
「ゆっくりでいいよ、きょうはここだけだからさ」
「でも、なおる見こみがわかんないんで、できるだけ早く取りかかりますね」
「そうかい?じゃ、たのんだよ・・・さて、おいらはちょっと休むか・・・」
運転手の人は、デッキチェアに座ってうたた寝を始めた。

いちばん心配していた電気系は、全く問題なかった。
結局、おかしいのは燃料噴射装置のようだ。
10MPaの高圧ポンプが、こわれた燃料フィルタを通過してきたゴミで作動不良になったらしい。
分解して灯油ですすいだら、出るわ出るわ・・・
燃料タンクの錆びた鉄くずが、どんどん出てきた。
よく見るとこのポンプ、ウチの製品である。今でもどこかでこういう部品は作っているのだろうか?

さっきまでは、4本のポンプで走っていたらしい。6本がゴミにやられて動かなくなっていた。
10本全部を掃除して、作動チェック。
異常なし。
念のため、錆びかかった燃料パイプをステンレス製に交換した。
燃料タンクのさびを落とし、ナイロンシートのブロー成形でタンクの内側をコーティング。
かなり手間が掛かったが、ようやく組み付けて、ラインのエア抜きを行い、エンジンスタート。

かち
きゅるるるがぼん!ごごごご・・・がろんがろん!ごごごご・・・
よし、修理完了。

「おぉ!?・・・なおったじゃねえか!」
「インジェクションポンプの目詰まりでしたよ。フィルターは帰ったらすぐ交換してくださいね」
「でもよぉ、そんなパーツ持ってねえぞぉ」
「んー・・・じゃあ、燃料タンクの出口に、茶こしにガーゼを三つ折りにしたものをねじ込んどけばいいですよ」
「へぇ・・そんなんでもいいのかい?」
「そのかわり、必ず月一で掃除してくださいね。・・・たいした故障じゃなくて何よりでしたね」
「まったくだ。じゃ、ハイオク200リッターは、ここのおやっさんに渡してあるからよ」
「そうっすか?どうもありがとうございます!」
「おかげで助かったぜ、じゃあな!」
「まいどどうも〜!」
がろろろ・・・ぉんぷしゃっ、がこん、がろろ・・・

「さて、っと・・・ここまで来ちゃったから、いっぺんガレージに戻ろうかな」
やきいものことは、すっかり忘れている。


6.チラシ

ガレージに戻ると、郵便箱に、チラシが一枚入っていた。
町内会からのお知らせである。

「年越し町内会のお知らせ、か・・・」
大晦日に、年越しの飲み会があるらしい。
『みずさんへ。酒、飲めなくても大丈夫だよ!』と書き加えてある。
「行ってみようかな?初日の出の前に帰ればいいし」

初日の出は、通信研究所の屋上から見ようと思っている。
特に見晴らしがいいわけではないが、ここで独り研究生活をしていたぼくなら
たぶん、こんな正月を過ごしていたに違いない。
少しでも、そのときの気分を理解したい。
最近ふと、そう思うようになった。

この世界に来たことで、今までの自分を客観的に見ることができた。
そして気付いたことがひとつ。
ぼくは、孤独だった。と言うより、自らを孤独に追いこんでいた。
誰に対しても、自分の本心を頑なに隠していた。

では、この世界ではどうだろう?
話せないことは、いくらでもある。
特に、ぼくの過去。
通研のセキュリティエリアの秘密。

でも、町の人たちは、ぼくを大事にしてくれている。
劇的に変わった生活環境を案じて、みんなはぼくを何かと心配してくれる。

ありがたいことだ。
だから、誰か困っている人がいれば、自分がどんな状況であれ協力する。
ぼくにできることは、それくらいしかないから・・・

だから、年越し町内会に、行こうと思った。
とりあえず、今までの分のお礼を言う、またとない機会だ。


7.昼下がり

簡単な昼ご飯を食べ、テラスに出る。
しばらくボーっと本を読んでいたら・・・
「あ、やきいも!」
思い出した。



「そうだ、ココネさん、まだいるかな・・・」
もみじバイオリンを助手席にほうり込み、出発。

ひょんなことから、アルファさんが月琴という楽器を弾くことを知った。
もしアルファさんが月琴を取り出したら、ぼくもバイオリンを弾いてみよう。
何が弾けるかは、わかんないけど。

カフェアルファへ続く、最後の難関のでこぼこ道。
そのうちこの道も、直したほうがいいな・・・
車高を上げるアダプターを付けてても、この道だけはちょっとつらい。

4駆の軽トラも持っているが、車は収穫期に町内会に貸したまま、まだ戻ってこない。
収穫したダイコンを遠い隣の国まで運ぶのに使っているらしい。
4輪駆動のトラックは、雨の後のぬかるみ道でも楽に走れるので、なかなか返せないらしい。
ま、こっちは自分の車があるのでかまわないけどね。



朝見かけた電動のスクーターが置いてある。
まだココネさんはいるようだ。

カロン♪

「いらっしゃいませ!ありゃま、みずさんお帰りなさい〜!」
アルファさんの第一声。
「さっきの修理、今までかかってたんですか?」
エプロン姿のココネさんがつづく

「いや、ちょっとウチにかえって昼ご飯を食べてきたんでね」
「そうそう、さっきおじさんが新しいサツマイモ、置いてってくれたんですよ。もう一回、やきいもしませんか?」
「お!食いたい食いたい!!・・・でさぁ、落ち葉はあんの?」

「あ・・・っと、たぶんあるんじゃないかなー、あはは・・・」
笑顔でごまかすか、アルファさん・・・
「あ、あのっ、たぶんお庭はおちばでいっぱいですから、その、もう一回おそうじすれば・・・わたし、いってきまーす!」
ココネさん、なに焦ってんだろね・・・

「どしたの?ふたりとも・・・何かヘンだよ」
「いやー、みずさんが最初、『今日は休みにした』って言ってたのに、修理の仕事が来たとたんに『ぱっ』と
仕事の顔に戻ったでしょ?ココネがそれにすごく感心しちゃったみたいなんですよ〜」

「ぼそぼそっ(感心されてもなぁ、それってたぶん誤解してるよ)」
「え?何か言いました?」
「いやべつに」

カロン♪
「アルファさん、マッチ、お借りしてもいいですか?」
「ありゃま、もう集まったの?」
「ええ、今からもう一回、やきいもしましょう♪」
「よっしゃ!」

3人で落ち葉を囲んでやきいもを見張る。
少し日が傾いてきた。ちょっと気温が下がってきた。
でも、たき火が暖かいので、ちょうどいいくらいだ。

「そろそろかしら?」
「そうですね」
「まだ早くない?」
落ち葉の山をのぞきこむ3人。
「どうかな〜」がさがさ・・・
落ち葉の中に棒をつっこんで、焼け具合を確認する。
「もうちょっとですね」

5分後・・・
「そろそろかしら?」
「そうですね」
「そうだね」
落ち葉の山をのぞきこむ3人。
「どうかな〜」がさがさ・・・
落ち葉の中に棒をつっこんで、焼け具合を確認する。
「いい感じみたいですよ♪」
棒に刺して、いもを取り出すアルファさん。
ホクホクと湯気が立つ。おいしそうに焼けている。

「はい、みずさん」
「お、ありがと!」
すぐに割って、ほおばる。
「ほへ、ほふほふひへへうはいは。はははへほくはへへふひ〜♪」
「あはは・・・みずさん、なに言ってるかわかんないですよ〜!」
「ひは、はっははふはうはいはーっへ」
「あははは・・・」
2人にはウケてしまったようだ。
こんなお約束ネタで涙浮かべてわらうんじゃないっての。

でもこのやきいも、ホクホクしててうまかった。中までよく焼けてたし。


8.神の子が生まれた日

コーヒーとやきいも。
なぜかそんなにアンバランスでもないんだ、これが。

少しづつ、夕闇が深くなってきた。
「やっぱ夜になると冷えるね〜」
「そろそろ、中に入りましょうか?」
「そうだね」

「今度はわたしがコーヒー、淹れますね」
アルファさんがカウンターに入った。
「お、今度はアルファ先生の出番だね♪」

「みずさん、さっきのわたしのコーヒー、どうでした?」
「うーん、アルファさんのコーヒーと、特に違わなかったよ」
「よかったー。ちょっと心配してたんですよ」

ぱらぱらぱら・・・きいっ。
「あ、お客さんだ。・・・あの音はおじさんの軽トラかな?」

カロン♪
子海石先生とスタンドのおじさんがやってきた。
「こんばんは、みずさんお久しぶりね。筋肉痛の具合はどう?」
「先生、開口一番そりゃないでしょー!」
「へえよ、みずさん、さっきはどうもね。ガソリンはウチで預かってるからヨ」

「こんばんは、今日はおそろいでどうしたんです?」
「今日はね、海の向こうの遠い国で、神様の子が生まれたと言い伝えられている日なの。
3人の賢者がその神の子に贈り物をしたことにちなんで、今では親しい人に心からの贈り物を
あげる日になっているわ」
「そういうわけでヨ、今夜はここでささやかな集まりをやろうと思ってナ。みずさん呼びに行ったら
行き先がここになってたから、先生乗っけてそのまま来ちまったよ」

「でも、ぼくプレゼントとか用意してないですよ〜」
「わたしたちもです〜」

「いいのよ、ただ、何となく集まりたかっただけなんだから。わたしも何も用意してないわ」←先生
「オレもだ」←おじさん
「なーんだ〜」←3人
なんか、久しぶりに家族がそろったときのような、あったかい雰囲気。

そうか、これが先生からのぼくやアルファさんたちへの贈り物なんだな・・・
いつも独りでせかせかしてたぼくには、すごくなつかしい雰囲気だ。

とりとめのない話でも、5人だとけっこう盛り上がる。

さりげなく話題を・・・
「そうそう、アルファさん、月琴弾くんだよね?」
「え〜、誰から聞いたんですか?」
「タカヒロからね」
「えへへ・・・、あんまり上手じゃないですけどね」

「アルファさん、楽器も弾けるの?ぜひ聴きたいわ」
お、先生が興味を示したぞ。

「じゃあ、ちょっと弾いてみようかなー」

「この前聴いたんだけんどヨ、けっこう上手だったよ」
「そうですよね。わたしもはじめて聴かせてもらったとき、いつのまにか一緒に歌ってたんですよ」
「ぼくも聴きたいな〜」

「う〜ん・・・よっし、ちょっとまっててね!」
アルファさんは母屋に楽器を取りに行った。

「じゃ、ぼくも・・・」
「みずさん、どこ行くの?」
「ちょっと車に用事♪」


9.星に願いを

カロン♪
「おまたせ!」
「みずさん、それ何ですか?」
「それ、バイオリンじゃない?」
「さすが先生、ケースだけでよくわかりますね」
「わたしが若い頃は、まだそういう楽器を弾く人が何人かいたわ。
最後に見たのは、そう・・・3、4年くらい前だわ。北の大崩れのところで」

「そうですか〜。これがぼくのバイオリンです」
「わ〜、赤い、ですね。輝いてる・・・」
「同じ弦楽器でも、わたしの月琴とはずいぶん違いますね」
「そうだね、これは月琴よりもっと遠くの国の楽器だから」

「よく似てるわ・・・あのとき見た楽器に。でも、もっと黒っぽい色だったわ」
「そんなに似てましたか・・・持ち主は、どんな人だったんですか?」

「わたしより20以上は年上のおじいさんだったわ。それで、なにかしみじみと静かな曲を弾いてたわ」
80代のじいさんで、この楽器に似た黒っぽいバイオリンを持ってた?
まさか・・・

ぼくの楽器に使われている赤いニスは、50年くらい経つと、酸化して黒っぽくなる。
それに、この楽器の表板の形状は、94年から95年の間にたった数台しか作られなかった珍しい形だ。
しかもその中で、調合が非常に難しい、赤いニスで仕上げられた楽器は、世界中を探してもこの1台だけ。
その後、赤いバイオリンは2000年までに2台作られているが、表板はモダンイタリーに準じた普通の形状だ。

まちがいない。
子海石先生が会ったじいさんは、ぼくだ。
先生は、どこまで知っているのだろう・・・
今のところ、この楽器が年を経ると黒くなることは、黙っておいたほうがよさそうだ。

「じゃ、まずはアルファさん!いってみよ〜」
「えぇっ!?・・・じゃ、ちょっとあったかい曲を・・・」

すうっ、とアルファさんが動いた。
最初の一音から、あたりは別世界。
暖炉と暖かい火。ふかふかのソファーでくつろいでいるような、あったかい感じ。
やがて、ココネさんのハミングが重なった。
アドリブとはとても思えないコンビネーション。
途中からバイオリンで加わろうと思っても、うっとり聴き入ってしまい、入れない。


(画像制作:ばくさんのかばん さん。ありがとうございます♪)

子供の頃、こんなこと、あったよな・・・
特別な日には、必ず家族全員が集まっていた、子供の頃を思い出す。

ポロン♪
最後の一音が、すうっと消えた。
「おしまい♪」

ほえぇ・・・
「・・・すごい!すごい演奏だったよ〜!」←ぼく
「なんだか、不思議な曲だったわね。すっかり聴き入っちゃったわ」←先生
「あ、わたし・・・また歌ってたみたいですね」←ココネ
「アルファさん、最高だヨ!」←おじさん

「みずさんも、何か弾いてくださいよ〜」
「じゃあね、この曲、知ってるかな?」
ぼくは静かに楽器をかまえ、演奏を始めた。

「あら、この曲・・・」
「ん〜なんか、ねがいごとをする時の気分みたいな曲ですね」
「あらアルファさん、この曲ね、『星に願いを』っていう曲なのよ」
「え、そうなんですか・・・・」



小さな店の隅々まで、ぼくの奏でる音が流れていく。
店内の斜め天井が、微妙な残響を創り出す。
最後の4小節は、アドリブで1オクターブ高くした。
セブンスのビブラート。
そっと弓を浮かせ、最後の余韻が消えるまで、宙に浮いた弓を残す。
「・・・えへへ、おそまつでした♪」

ぱちぱちぱち・・・・
「なんか、言葉が出ないですね・・・ふわーっとしちゃいましたよ」←アルファさん
「きれいな星空と、あったかいお部屋のような曲でしたね」←ココネさん
「とっても懐かしい感じがしたわ」←先生
「みずさんってヨ、修理だけじゃなかったんだな」←おじさん

また機会があったら、なにか演奏しようと思う。
今度は、アルファさんとセッションできるといいな・・・
そのためには、もっとアドリブの勉強をしないとまずいけど。

やがて夜がふけて、先生とおじさんが帰り支度を始めた。
そろそろぼくも帰ろう。

「もうおそいし、そろそろ帰らせていただくわ。ほんと、今日は楽しかったわ」
「たまにはこうして集まるのもいいもんだよな」
「ぼくもそろそろ、帰るね」

「またいらしてくださいね」
「バイオリン、また聴かせてください♪」

「もちろん、いつでも!」
トコトコと車を走らせ、家路につく。
先生を乗せたおじさんの軽トラが先行している。
そのうち追いつくだろう。



きぃっ。
おじさんの車が止まった。ぼくはトラック右隣に車をつけた。

「じゃあ、ワシは先生を送って行くから、ここでな」
「そうですか。じゃ、おやすみなさい〜」

おじさんの軽トラは、ここを右折して久里浜に向かう。
ぼくは直進なので、先に車を出す。
ミラー越しに、右折していく軽トラのシグナルランプが、ゆっくりと点滅するのが見えた。

ぼくは静かに手を振り、見送った。

メリークリスマス
この世界でお世話になった、全ての人たちの健康としあわせを祈って・・・


10.師走

新年を迎えるのに、なにも特別なことをするつもりはなかったのだが、
気分を新たにするため、壁のペンキを塗りなおすことにした。
そもそも、こんな面倒なことをやる気になったきっかけは、
屋根裏部屋に積んであった一斗缶入りのペンキが、固まりかけていたからである。

「根が貧乏性なのかな〜」
とりあえず西側の壁面の傷みがひどいので、まずはそこから手をつけることにした。
デッキブラシで汚れを洗い流し、はしごを掛けて、上のほうから塗り始める。

10年ほったらかしの割には、きれいなほうだと思う。
でも、これはもう塗りなおしたほうがいい。
「ふう・・・上の方って、ちょっと塗ったらはしごを掛けなおさないといけないんだよな・・・」
なかなか思うようにすすまない。

結局西の壁だけで丸1日かかってしまった。一斗缶のペンキもちょうどなくなった。
「今年はこれでいいや。あとは、また今度にしよう」

新年まであと3日。
この日の仕事は、これでおしまい。

翌日。
ガレージの大掃除を敢行。
工具箱、台車、机や溶接機など、動かせるものは全て外に出した。

屋根裏部屋の整理を開始。
まず、要らない物を、階下のガレージに投下する。
そして今度は、投下したゴミを集め、分別して捨てる。
かなり豪快な方法だが、いちいち持ち運ぶ手間が省ける分、効率がいい。

ガレージの掃除は、結局半日で終了した。
あとは休みの間の食料を買いに行くだけ。

近所の野菜売りのばあさんの店で、白菜とダイコンを買う。
おせち料理も用意したいが、ぼくは料理が苦手なのでパス。

というわけで、これで新年を迎える準備は完了。

明日は大晦日。
年越し町内会が楽しみだ。


11.大晦日



今朝は、冷え込みがいちだんと強かった。
朝の日課の郵便受けチェック。
ふと見ると、水が入ったままのバケツが凍っている。
気温は4度。
そりゃ寒いわな。

というわけで、もうちょっとあったかくなるまで布団の中に居ることにした。
じつは、ウチには暖房器具がない。
だから、家の中でも厚着をしていないと寒い。

最初は灯油ストーブでも作ろうと思ったが、
健康に悪そうなのでやめた。
電気でもいいのだが、発電所への負担を考えると、これもまずい。
「太陽熱温水機を循環させれば暖房できないかな〜、でも凍ったらまずいか・・・」

そうこうしてる間に、午後になってしまった。
さすがに午後になると、寒くても「起きなきゃ」と思う。
寝床から起き、朝昼兼用の食事をとる。

仕事は、正月も休まず引き受けようと思う。
こういうときに限って、なにがしかの故障があったりするもの。

新年早々、故障とかで困ってる人を見捨てるわけには、いかないしね。

アル坊をいつもより念入りに洗車。
リフトアップして、アンダーパネルもブラシでごしごし。
ホイールも外し、内側を洗う。
足回りも、水洗いしてから潤滑材を塗布。
「ま、こんなもんかな?」

きれいになったアル坊を見ていると、ふと外に連れ出したくなった。
「ちょっとでかけようか?」

荒崎のほうを、あてもなく走る。



あたりは一面、ダイコン畑。
「ん〜最高!!」
寒いけど、快晴の空が眩しい冬の午後。
ちょっと車を停めて、小休止。
シートを倒すと、サンルーフ越しに見る空は、澄みわたる青。
いつのまにか、うたたね。


12.年越し町内会

「・・・!?、さっむ〜っ!」
目を覚ますと、茜色に染まる空。
「ありゃま、もうこんな時間かぁ・・・」
年越し町内会が始まるまでには、まだしばらくある。
「でも、準備とか、手伝ったほうがいいよな・・」
ちょっと早いけど、今から行くことにした。



「こんちわ!」
「へえよ!・・・何だみずさん、もう来ちまったのかい?」
「だって、準備とか、あるでしょ?」
「まあな。でも、人は足りてるから、みずさんはその辺でくつろいでなよ」
「いえいえ、何か手伝いますよ」
「そうかい?じゃ、入口に積んであるビールを持ってきてくれるかい?」
「はいっ!」

そうこうしている間に、簡単な料理や飲み物を持って、町の人たちが三々五々集まってきた。
その数、およそ4、50人。
「だいたいそろったようだなー?」
ざわざわざわ・・・
「んじゃあ、そろそろはじめっかぁ!」

「町長!乾杯やってくれー!」
「はいはい!・・・え〜今年はたいへんいい年でありました。なにしろこの町に、5年ぶりに修理屋が復活し、
瀕死寸前のトラクターや自動車を次々と直してくれたんですから」
あ、あはは・・・
「ほかにもいいことや、そうでないこともあったと思いますが、イヤなことは今夜中に全部忘れて
飲み明かして新年をむかえましょう。というわけでかんぱーい!!」
「かんぱーい!」

お酒はほとんど飲めないので、飲んだのは最初のちょっとだけ。
ほどなく、スタンドのおじさんの手招きについていくと、ウィスキーのビンに入った紅茶をくれた。
「これなら大丈夫だろ?」
「やや、これは考えましたね〜」

ぼく専用の「ボトル」。これさえ持っていれば、たしかに酒が飲めなくても大丈夫そうだ。

やがて、年越しの時間が近づいてきた。
町長さんが自分の時計を見ながら立ちあがった。
「5、4、3、2、1・・あけまして、おめでとう!」
「かんぱーい!!」
ぼくの時計では、あと1分ぐらいあとなのだけど・・・
時計のいらない世界では、だいたいこんなものだ。
秒単位の時間管理は、ここでは無用の長物。
これでぜんぜん不自由しないのだから、不思議なものだ。

この町の長老級の人たちと、昔の話で盛りあがる。
80歳のじいさんが、ぼくより年下なのだ。なにやら奇妙な感じはする。

やがて、ひとり、また一人、帰っていく人や、その場で寝入ってしまう人が目立ってきた。

「そろそろ帰りますね。初日の出を見に行きたいんで」
「どこで見るんだい?」
「え?通信研究所の屋上から見よっかなー、って思ってるんですけど」
「なにみずさん、初日の出を一人ぼっちで見ようってか?だめだよ〜、城ヶ島へ行きなよ、みんな来るから」
「城ヶ島ですか?」
「あったかい物も出るからよ、城ヶ島に来なよ。みんなでいっしょに見ようぜ」
そうだ。
今のぼくは、独りじゃない。
みんながいるなら、そっちへ行くのが、今のぼくにはふさわしいかも。
「そうですね・・・うん、ぼくも城ヶ島に行きます」
「じゃ、またあとでな!」
「はい。それでは一旦失礼します〜」
しんと静まりかえった町を通り、ぼくは一旦ガレージに戻った。




13.初日の出

ガレージに戻り、ちょっと仮眠してから、城ヶ島公園に向かう。

「ひゃあー、寒いなこりゃ!」
公園の奥で、人の声がする。いろんな声に混じって
「甘酒いかがですか〜」という声が・・・
「これは助かった!」
ぼくは駆け足で、公園の広場に向かった。

甘酒をもらい、焚き火に当たると、ようやく体もあったまってきた。

ここで初日の出を見る人って、けっこういるんだ・・・
みんな、わーっと集まって見ているわけではなく、ぽつぽつと、
思い思いのスタイルで日の出を待っている。

ベンチの近くに、アルファさんとタカヒロの姿も見えた。
「なーんか、きょうだいみたいだよな〜、あのふたり」
アルファさんがタカヒロをすごく大事にしてるのがよくわかる。



東のほうが、少し明るくなってきた。
ぼくは、階段を降りて、海岸に降りた。
風は穏やかだし、雲も少ない。

「わぁー・・・」
誰ともなく、静かな歓声が上がる。



そして、なぜか拍手。

あけましておめでとう。
今年も、GARAGE355をよろしく。
町の人たち全員が、ことしも無病息災でありますように・・・

(第5章おわり)


オリジナル小説の世界も、ようやく新年を迎えることができました。
写真が少ないのは、普段は取材の前にすじが決まっているのに、今回はそうではなかったためです(笑)
次回は、ぼくがちょっとした「旅」に出ます。
すぐ帰ってくるつもりですけどね。

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