あるサラリーマンの物語

第3章 「買い出し」


1.ハイオク満タン

「よし、準備OK!」
ガレージ355は、今日から2日間のお休み。
トラクターの修理などでまとまったお金が手に入ったので、
ヨコハマまで足を伸ばして、買い出しに行くことにしたのだ。

かなり前から行きたかったのだが、天気が悪かったり、
屋根裏部屋の片付けや、ちょこまかした修理が入ったりして、
なかなか出歩く時間が取れなかったのだ。
だから、アルピナに乗るのも久しぶり。

いろいろ見て回りたいので、向こうで一泊してくるつもりだ。

〜ヨコハマまで買い出しです
水曜日までいません ガレージ355〜

玄関に張り紙をして、車に乗る。
久しぶりに座るコックピット。

シートベルトを締めて、軽く深呼吸。
よし。

かち。
きゅるるぼぉんおんおんおん・・・ふぁおんぉぉぉぉぉぉ・・・
エンジン、異常なし。計器類、正常。
いや、ガソリンの残量が15リッターを切ってるぞ・・・

「スタンド寄ってこうかな?」
まず、町内会で顔見知りになったおじさんのスタンドへ行くことにした。



おじさんのスタンドは、ぼくのガレージから2、3分のところにある。
表現は悪いが、今にもつぶれそうな雰囲気のガソリンスタンドだ。

・・・・ふぁおんぉぉぉぉ・・・・ぶおん。
給油機に車を寄せて、エンジンを止める。

「こんちわー」
・・・反応なし。

「おーい!」
留守かなぁ・・・

・・・せえの、
「すんませーん!!」

・・・ガチャ!

「おう、みずさんかい」
「おはようございます!あのー、ハイオク満タン、お願いしたいんですが」
「ああ、ハイオクね。そろそろ来る頃だと思ったから、取り寄せといたよ」

「ハイオクって、普段は置いてないんですか?」
「おお、みんな普通のガソリンばっかだからな」

「品薄なんですか?」
「そんなこたねえけどよ、ここいらでハイオク欲しがる奴が居なかったからヨ」
「この車がハイオク専用だって、よくわかりましたね」
「先生がヨ、この車がハイオク仕様だって教えてくれたんでな。
レベルなんとかのスキャンしてたら、わかったらしいんだけどよ」

「ああ、レベル4のスキャンのことですね。先生、その結果について
何か言ってませんでしたか?」
「いんや、解析のほうはまだ全体の1割も進んでないってよ。
まだまだかかるんじゃねえかなぁ」
「そうですかぁ・・・」



「ほい、満タン。遠出かい?」
「ええ、ちょっとヨコハマまで・・・えーっと、いくらですか?」
「おぉ、ヨコハマかい・・・。そういやぁ、アルファさんもヨコハマに買い出しに行ってるよ」
「え?西の岬の喫茶店の?」
「おぉ。・・・そうか、みずさんはまだ会ったことないんだよな」
「そうなんですよ」
「一度行ってみな。すごく落ち着くいい店だよ・・・あしたぐらいにゃ、帰ってくるはずだけんどよ」

「へぇー、それは行ってみたいですね・・・で、ガソリン、いくらですか?」
「あぁ、今日はいいや。サービスにしとくよ」
「そりゃわるいっすよ。だって、わざわざぼくのために取り寄せたハイオクでしょ?」

「いいんだよ。そのかわりこんどワシのトラックのバネ、見てくんねぇかな?」
「ええ、いいですよ。あしたの夜には帰るんで、そしたらいつでも来てくださいね!」
「ああ、じゃ、あさってにでも寄らせてもらうよ。じゃ、気ぃつけてな!」
「いってきまーす!」


2.ヨコハマへ

スタンドのおじさんは、尾根道沿いの道はぼく一人では危ないからと、
まだ使える高速道路で行く方法を教えてくれた。

・・・衣笠ICから高速に乗って、首都高狩場線へ行くんだ。
いいかい、並木方面には行っちゃだめだよ。あそこは橋が落ちててあぶないからナ・・・



・・・首都高に入って最初のトンネルを出たところに、仮設のランプがあるんだけんど
たぶん行きすぎちまうから、トンネル出たらすぐ止まるんだぞ・・・

これがおじさんのくれた情報。

あいかわらず、高速を走っているのはぼくの車だけ。路面があまり荒れてないなのできわめて快適に走れる。

しばらく走ると、ジャンクションが見えてきた。
首都高狩場線に乗りかえる。
1、2分後、やがてトンネルが見えて来た。

「このトンネルの出口だったよなぁ・・・」
ところが、仮設のランプを通りすぎてしまったらしく、やがて行き止まりに着いてしまった。

あれ?ないじゃん。
通りすぎちまったかな・・・?

Uターンして、ゆっくり探す。

・・・あった。
トンネルの出口のすぐわきにあったので、よく見えなかったのだ。
おまけにそこは側道が仕切ってあるため、走行車線からは死角になっていた。

おじさんの情報通り、そこには小さな橋が渡してあった。おそるおそる、下を見ながら橋を渡る。
木製の橋にしてはけっこうしっかり作ってあるが、やっぱりちょっと怖い。

橋の終わりに、木箱がくくってあるのが見えた。
よく見ると、料金箱らしい。
あたりに人の気配はない。

木箱には 『この橋の維持にご協力ください』
とある。

なるほどね。

橋の状態から、時々誰かが手入れをしてるらしいことがわかる。
ぼくは1日分の生活費を、『料金箱』に入れて、橋を降りた。

斜面に沿ったこの木橋を渡り、すぐに左に折れると、急な登り坂になっている。
右手には、体育館だろうか、大きな建物があった。帰り道の目印にちょうどいい。



ぼくは周りの風景を確かめてから、陸橋を渡って坂を下り、町を目指した。


3.枝道の先

何とかヨコハマには着いたが、おじさんの言ってた商店街は、ここから細い道を幾つも曲がった先にある。
枝道を迷いに迷ったら、なんとお墓に出てしまった。

んー・・・道を間違えたかなぁ。



墓地の向こうに、かすかにランドマークタワーが見える。どうやら東に行けばいいらしい。
ぼくは再び車に乗った。

最初の交差点を左折。
しばらく走ると、広い道に出た。

その道を横切り、再び枝道へ。
ほんとにこれでいいのか?という細道を進んで約10分。
やがて小高い丘に出た。

おぉっ!
ついに到着。

眼下には活気あふれる商店街があった。
威勢の言い呼び声。久しぶりに見る雑踏。
まだ早い時間なので店は半分くらいしか開いてないが、
けっこうにぎわっている。

車でここを突っ切るのはちょっと危ないな。
どこかに車の置ける場所、ないかなぁ・・・
坂のふもとの川に掛かる橋の上。すぐ先は岸壁で行き止まり。ここならじゃまにならないだろう。
車を停め、川を見ると・・・
なんと橋の下は川ではなく、海に沈んだ新横浜道だった。

「やっぱりここは、ぼくのいた世界とは違うんだなぁ・・・」
でも、ここで生きている、この時間がぼくの「今」であることだけは確かだ。
「んー、よしっ!!」

さあ、買い出し開始。
欲しいものは見つかるだろうか?


4.買い出し・買い出し



今日の目的は、生活用品と修理用品だ。
まずは新しい服。

ずっと2着きりの服を使いまわしているから、早く新しい服が欲しかった。
「うーん、もっと普通のでいいんだけどなぁ・・・あ、この本ほしいなー。いや、今は服を探してるんだ、うん」

探しているものはなかなか見つからないのに、たまたま目にした物を、
これは買っておかなくては、と、本来の目的そっちのけで買ってしまう。
ぼくの悪いくせだ。

今も、たまたま寄った店でエンジンオイルの大安売りを見つけてしまい、
服はそっちのけで、じっくりと品定めをはじめたところだ。
こんなことばかりやってるから、服も買わないうちに午後になってしまうんだ。

「・・・えーっと、このオイルは4リッターでこの値段かぁ・・・ちょっと高いなぁ・・・」
「兄ちゃん、たくさん買うならやすくしとくよ!」
「ホント?・・・んーじゃあ、10W−60を10缶と、15W−40を20缶、SAE90を10缶もらおうかな」
「ええっ!?そんなにたくさんかい?じゃあ、おおまけにまけとくよ!」
「やったぁ!じゃ、はいお金。車がそこに停めてあるんで、ちょっと手伝ってくれます?」
「おういいとも!その台車使って先に行ってくれよ。残りはおいらがもってくからよ」
「どうもー」


5.アルファさん

「店員さーん、こっちですー!」
ぼくは台車を押しながら後ろを振り向いて、オイル缶を抱えてついてくる店員さんを案内する。

午後にもなると、商店街はかなり混んでくる。台車を進めるのも容易ではない。
前から、ひときわ大きな買い物袋が、ふらふらしながらこっちに向かってくるのが見えた。
「・・・うーんちょっと買いすぎたかなー。バイクに載せられないかも・・・あ、すみませんちょっと通してくださーい」
どうやら買い物しすぎた若い女の子らしい。
それにしてもあの子、あんなに大きな買い物袋を抱えて、前見えてるのかなぁ・・・
え?まっすぐこっちへ来るぞ・・・ちょっとまった!

「ストーップ!台車にぶつかるー!!」
「きゃっ!」
どんがらがっしゃーん!!

「すみません〜。買い物袋で足元がみえなかったんですよー。けが、しませんでしたか?」
22・3歳くらいだろうか・・・緑色の髪?
「こっちは大丈夫だったけど、それにしても買いこんだねー」
「えへへ・・・バイクで来たのに買いすぎちゃって。ありゃーすみません、
オイル缶がこんなにへこんじゃいましたね」
「中身はこぼれてないから問題ないよ。・・・ねえ、これ車に積んだあとでよければ、
その荷物持つの手伝おうか?」

「え、いいんですか?」
「だってそれじゃ大変でしょ?・・・それにさぁ、バイクではその荷物、
どうやったって持って帰れないんじゃない?」
「えへへ、やっぱりそう思います?」
「うん、たぶん無理だと思うよ」

「兄ちゃん、これどこに持ってけばいいのー?」
振り向くと、さっきの店員さん。
「あ、すみません、ここでいいですよ。あとはぼくが運びますんで」
「じゃ、台車だけあとで持ってきてくれよナ」
「わかりましたー」

「バイクで来たってことは、家は近く?」
「いえ、けっこう遠いんですよ。朝比奈峠のずっと先の、西の岬なんですけど、
そこで喫茶店やってるんですよ」
西の岬の喫茶店だって?

「あ!ひょっとして・・・アルファさん?」
「え?ええ、そうですけど・・・どこかでお会いしたこと、ありました?」
「いや、スタンドのおじさんにさ、そういう喫茶店があるって話をきいたもんだからね」
「そうだったんですかー。えーっと、お名前は・・・?」
「みずたにっていうんだけど、みんなは『みずさん』ってよんでるよ。
最近スタンドの近くに引っ越してきたんだよ」

「あーりゃま!、じゃあ最近できた修理屋さんって・・・」
「それ、ウチのことだよ。・・・じゃあこの荷物、ぼくがあとで届けよっか?」
「うわーっ、いいんですか?・・・じゃ、おねがいします〜」

「ぼくが帰るのは明日になるけど、それでもいいかな?」
「もちろん!それでいいですよ〜」

「じゃ、荷物を車まで持ってくの手伝ってくれる?車がこの先の橋の上にあるんだ」
「はい!おねがいします〜」


6.つみこみ



「これがぼくの車だよ。・・・じゃあ、トランクにまずオイル缶を積んで、アルファさんの荷物はリアシートに置いてね」
「なんだかこの車、かちっとした形してますね」
「そう?最近の車はみんなやわらかい形してるからね・・・これは、60年以上前の車だから」
「ほえぇ〜っ!そんなに前の・・・うーんでもこの車だと、うちに来るのは苦労しますよ〜」
「え、なんで?」
「道が悪いんで、こんなに車高が低いと、最後の道が通れないかもしれないんですよ」
「そっか・・・じゃ、アルファさんのとこにはトラックで行ったほうがいいのかな?」
「そのほうがいいと思いますよ〜」

やっとのことで積みこみ完了。トランクは満杯。リアシートも半分埋まってしまった。
「・・・じゃ、明日の夕方くらいには届けるね」
「はい、おねがいします〜」

「そういえば、買物は全部終わったの?」
「えへへ、実はまだ買いたいもの、あるんですよ。でも、荷物がこんなんでしょ、
さっきまでは、明日の予定をあきらめて、帰ろうかなって思ってたんですよ・・・」

「だったらさ、あしたここで待ち合わせしない?そこで新しい荷物も預かるよ」
「うわーっ、いいんですか?・・・ありがとうございます〜」
「ついでだから構わないよ。・・・じゃ、あしたはこの時間、ここでまちあわせでいいかな?」
「おねがいします〜!」
「じゃあね!」

ぼくは台車を返しに店に戻って、買い出しの続きを再開した。
そしてアルファさんも、自分の買物の続きに戻っていった。


7.買い出し完了

夜になって、ほとんどの店が閉店準備を始めた。
車に戻って、今日買ったものをチェックする。

着替え:まだ暑いが、これから寒くなるので長袖のものを一通り。
冬物は、ニットのセーターと皮のコート。革靴と作業用のつなぎも買った。

生活用品:食器・鍋・洗剤など、今足りないものを一通り購入。

本:最近の動向がわかる雑誌を数冊。「鉢植えきのこ」がトレンドらしいが、
写真が載ってないので詳細は不明。このきのこで翌日の天気がわかるらしい。

修理用品:アルピナ用のエンジンオイルとデフオイルを各10缶。ATオイルは発見できず。
他、修理で入庫してきた車用のオイルを20缶。

食料:缶詰・調味料など、特に南町では手に入らないものをたくさん。

うーん結構たくさん買ったなぁ・・・
車の中は荷物でいっぱいになってるし。
さて、そろそろ宿を探そうかな・・・

・・・・!
あれ?お金があまり残ってないぞ・・・
あしたはジャンクヤードに行く予定だから、あまり無駄遣いはできない。
ま、しょうがないっかぁ・・・



8.ジャンクヤード

昨日の夜は、結局涼しい丘の上で野宿した。
治安がいいのか、ぼく以外にも同じように野宿している人は結構いた。
いつもだったら車の中で寝るのだが、荷物が車内にもあるため寝場所がなかったのだ。



日の出とともに目がさめた。
今日も快晴。朝日がまぶしい。

近くの水道で顔を洗い、さっそくジャンクヤードに向かう。
きのう道に迷っていたとき、偶然見つけたのだ。
いかにも、って感じのあやしさが、ぼくを惹きつける。

そんなマニアックな雰囲気がたまらなくて、どうしても寄ってみたかったのだ。

「こんちわー」
「・・ぃらっしゃい!・・・ん?あんた見かけない顔だね。どっから来たの?」
「朝比奈峠の向こうからです。最近、ナゴヤの方から引っ越してきたんですよ」
「ふーん、そうかい。・・・朝比奈の向こうってえと、リサーチパークがあったところの近くかい?」
「ええ、だいたいその辺ですね」

「リサーチパークに行くと、放棄されたビルの中から、けっこう掘り出し物が出て来るんだよな・・・
この前も、ノキアのビルからノート型の対話入力式ワークステーションがごろごろ出てきたし・・・」

「じゃ、ここで扱ってる物って、そういうものが多いんですか?」
「ああ、けっこう多いな。でも、最近はノンセキュリティエリアの品物は出尽くしちまってな。
IDカードがあれば、もっと奥にも入れるんだけどなぁ・・・・」

「IDカード?」
「従業員証のことさ。持ってる奴はみんなコロニーに行っちまったがな」
「でも、IDカードくらいなら簡単に作れるんじゃないですか?」

「無理だったよ。パスワードがIDカードに書きこんであるんだが、これが磁気記録じゃないんだ。
さらにセキュリティエリアに入るには、本人のIDと一致する網膜パターンがないとダメだから、
結局、火星に行った奴以外は誰も入れないのさ。・・・ところで、何かさがしものかい?」

「いえ、ちょっと興味があったんで、寄ってみただけなんです」

「じゃあ、・・・たとえばこれ、10年落ちの対話式小型ワークステーション、安くしとくよ!」
「へぇー、これって、ネットつながりますか?」
「ああ、開いてるサイトはほとんどないけど、サテライトネット対応だからコロニーにもつながるよ」

「たとえばどんなところにつながるんですか?」
「んーこれなんかどうだ?www.person.go.jp・・・こいつは『人』のデータベースだ」
「・・・ここに名前を入れると、その人の情報が出るんですか?」
「ああ、対話型だから話しかけてもいいぞ。それとこのマシンは政府関係のIPを持たせてあるからな、
こういう所にもアクセス可能になってるしな。・・・まあ、奥のほうにもいろいろあるから、ゆっくり見てってくれよ」
「あ、どうも〜」


9.検索

国民総背番号法案が最初に議題にあがったのは、たしか1999年。
それがここでは現実のものになっている・・・

ぼくにはどうしても確認しておきたい情報があった。
それは・・・

「コンピュータ、『みずたに さとし』を検索してくれ」

しばらくして回答があった。
「該当する名前の人物は13人います」
「では、1971年生まれの者は何人いる?」

「・・・該当者は1名です」
「リストを頼む」
「表示します」

しばらくするとディスプレイにデータが表示された。

「水谷 聡志 ・・・1971年12月9日生まれ。
・・・1996年3月、中部大学大学院、工学研究科修了・・・このあたりは知ってる内容だ。
1996年4月、日本電装株式会社(現 株式会社デンソー)に入社。
・・・中略・・・
2016年7月、NTT分子物性研究所にゲストエンジニアとして出向。
・・・中略・・・
2026年12月、株式会社デンソーを退職。同月、NTT分子物性研究所名誉顧問に就任。
・・・2055年、研究施設とともに27号コロニーに移住。
現在87歳。分子再構築装置(通称レプリケータ)開発の第一人者・・・」
「顔写真を表示します」
無機的な合成音で我に返ると、ディスプレイには、すっかり老けた自分の顔が表示されていた。

嘘だろ・・・
その老人の眼は、何も語っていない。
ただそこにいるだけの無表情。

何てことだ・・・
ぼくがこれから歩む道が、これなのか?
レプリケータを開発し、その研究開発のトップを突っ走る人生だと?

お前、スポーツカーを作る夢は、どうしたんだよ!・・・
第一人者だか名誉顧問だか知らないが、そんなもののために夢を捨てたのか?
よくも俺の将来を、そんなことに使ってくれたな!

あんたはそれで、87歳まで生きて幸せかもしれないが、
俺は、今ここにいる俺はどうなるんだ!・・・

ディスプレイは、淡々とぼくのこれからの業績の数々を表示し始めた。
もうたくさんだ。
「コンピュータ、・・・プログラム終了!」

将来の夢が決してかなわないことが、わかってしまった。
もう、もとの世界には帰りたくない。
帰った先に待ってるのは、かなわぬ夢を見つづける人生。ただそれだけだ。
夢を捨てた人生など、ぼくには何の意味もない。

偶然この世界に来たことは、ぼくにとってこの自分の将来を変えるチャンスだ。
ここでめいっぱい生きて、全てをありのまま受け入れよう。
それがいちばんいい、そう思えてならない・・・
これは賭けだ。ぼくの今後の生涯がかかった賭けだ。

絶対に勝って、夢を実現させてやる。


10.橋の主(あるじ)は

「・・・よお、何か面白いもの、見つかったかい?」
「はい?・・・あ、どうもすいません、勝手にネット使っちゃって」
「何調べてたんだい?・・・ん?みずたに・・・おい、こいつはレプリケータの開発責任者じゃないか!?
どうやってこの名前見つけたんだ?」
「前に聞いたことがあったんですよ」
と、適当な言い訳。

「そうかい・・・あ〜レプリケータ!こいつがあれば、材料次第でどんなパーツでも作れるんだけどなぁ」
「その・・・レプリケータって、いったい何ですか?」

「レプリケータってのは複製を作る装置さ。3DのCADデータやスキャンデータをもとに
分子レベルで複製を作れるらしい。このじいさんは、その装置の実用化にはじめて成功したんだ」

「・・・すごく可能性のある装置ですね。レプリケータって」
そうだ、レプリケータがあれば・・・

この世界で、かなえられるかもしれない。
50歳になるまでに、一台のスポーツカーを作る・・・

ぼくの子供の頃からの夢。
でも、レプリケータなど、どうやって手に入れる?
すべての施設が通研からコロニーに移転した今、たぶん通研には何も残ってないだろう。
でも、とりあえずレプリケータの情報だけでも手に入れば、何かわかるかもしれない。
データが残ってれば、作ることだってできるはずだ。
屋根裏部屋の家電の廃品。かなり役に立ちそうだ。

屋根裏部屋でほこりをかぶっていた学会誌。最初は雑誌と思ってたけど、そうじゃなかった。
学会誌のバックナンバーはほぼ10年分。
前ここにいた人は、ここに住み始めてからいなくなるまで、ずっと学会誌を買ってたようだ・・・

あとは最新の情報入手手段。
そうだ、あのサテライトネットにつながるコンピュータがあれば・・・

「どうしたんだい?ボーっとしちゃって」
「え?・・・いえ、なんでもないっす。あのぉ・・・、このワークステーション、いくらですか?」
「10年落ちでちょっと古いけど、これ、けっこうレアものだからなぁ・・・このくらいの値段でどうだい?」

「うーんお買い得だけど、今、こんなに持ち合わせがないんですよ。今度お金ができたら来ますよ」
「そうかい?ウチは買い取りもやってるから、何か売れるものあったら、いつでも寄ってくれよ!」
「ええ、そうしますね」



ぼくは車に戻った。
ドアを開け、乗りこもうとすると・・・

「おい、ちょっと!その車・・・お前の車なのか?」
「ええ、そうですけど・・・」
「きのうの朝、オレの橋の料金箱に大金放り込んでったろ」

「・・・ああ、あの橋、あなたが作ったんですか?」
「いい出来だったろ?半年かけて作ったんだぜ、・・それにしてもあの金額は多すぎだぜ」
「あの橋の出来がよかったんで、このくらいは入れとこうかな、って思ったんですよ」

「しかしよぉ、・・・アルピナB3?・・・こんな年式の車自体、実物を見るのは初めてだぜ!」
「やっぱ、珍しいですか?」
「そりゃそうだよー。ところでこいつ、あんたがメンテしてんのか?」
「ええ、けっこう金かかりますけどね」

「いや、ほんとすげえよ・・・あーきょうは運がいいぜ!こんなすごい車、こんなに近くで見れてよぉ!」
「エンジン、みます?」
「おお!もちろん」

しばらく話が盛り上がる。話をしているうち、この人が、このジャンクヤードの社長だということもわかった。
そして彼は、コロニーに行った人間たちが捨てて行った「自然に帰れないもの」を、できるかぎり
ジャンクヤードに集め、使えるものは直し、使えないものは彼の手で自然に帰すことを生業としているそうだ・・・

「じゃ、また来ますね」
「おぉ、・・・そうだ、これ、持ってけよ!」
「え?・・・これは、・・・えらくごついですけど、カメラですか?」
「あぁ、3D対応で、ワークステーションにつなぐと、スキャナにもなる代物だよ」

「・・・ひょっとして、シャッター切ると3D図面が作れるとか?」
「うーん、そういう使い方もできるなぁ・・・。お前、面白いこと考えるなぁ」
「以前設計の仕事やってたんで、そういうの、できたらいいなって」

「そうかぁ・・・。そういえば、お前今、いくら持ってる?」
「えーと、これで全部ですけど」

「うーん・・・よし!お前にさっきのワークステーション、その値段でゆずってやるよ!」
「いいんですか?」
「社長がいいって言ってんだからいいんだヨ!ほら、もってけよ!」
「いやーどうも、うわ〜、ほんとに、ありがとうございます」
「あははは、そんなによろこんでもらえると、オレもうれしいぜ」

「ほんとにありがとうございました!」
「また来いよ!」

すごくいいものが手に入った。まさに掘りだしもの。
スキャナにもなるカメラと、ネット対応のワークステーション。
これでいろんな情報が手軽に手に入る。
あと、レプリケータを手に入れることができれば・・・
ホントに、夢がかなうかもしれない。


11.待ちあわせ

・・・やばい!もうこんな時間だ!
アルファさん、きっと待ってるよなぁ・・・いや、もう帰っちゃったかも・・・

ジャンクヤードで長居しすぎて、アルファさんとの待ちあわせには確実に遅刻だ。



住宅地を駈け抜け、旧国道16号をパス。
車も人もいないので、ぎりぎりまでスピードを上げる。

紅葉坂を全速でかけおりる・・・つもりだったが、この人ごみではそれは無理だ。
なにしろ車でここを通ること自体、難しいのだから・・・

ようやく待ちあわせ場所の紅葉橋が見えてきた。
「あ〜やっぱり待ってるよぉ・・・」

「ごめん、アルファさん!!おそくなって!」
「あ〜よかった!・・・みずさん、もう行っちゃったのかと思いましたよー」
「ごめんねー、かなり待ったでしょ?」
「えへへ、それがわたしも大幅に遅刻しちゃって、今来たとこなんですよー。
そしたらみずさんの車がないから、あ、待ちきれずに帰っちゃったのかな−、って」
「なーんだ、そうだったのかぁ・・・。ま、とりあえず追加の荷物をこっちに移そうか?」
「はい、おねがいします〜」

冬の上着らしい。ちょっとかさばった感じの袋が2つ。積みこみは難なく完了。
「よっしゃ、じゃあ、出発しよう!」
「みずさんはどうやって来たんですか?」
「行きは高速使ってきたけど、帰りは尾根道沿いで帰りたいなぁ。道わかんないけど」
「じゃ、わたしについてきてくださればいいですよ」
「うん、そうするよ」

「ではみずさん、いきましょうか?」
「いきましょ!」

「じゃ、ゴー!!」とてて・・・・・
「おいおいおいおい、まってくれー!エンジン掛ける時間くらいくれよ〜」
かちぼわぁんぉぉぉぉぉ・・・、ぶぉんきょきょきょぉぉぉ・・ぉおん、ふぉぉぉ・・・

ふぅ・・・、やっと追いついたよ。
「すみませ〜ん、エンジンまだ掛けてなかったんですね」
「もぉーっ!」
「えへへ・・・、じゃあ、ついてきてくださいね」
「あははは、道案内、よろしくね!」
「はいっ!」




12.かえりみち

尾根沿いの道は、かなり舗装が荒れている。
こんな道、国産車じゃ半年で足回りはボロボロになるだろう。
走ってる車がトラックしかないのも納得。
そうこうしてる間にも、足元ではごりごりとフロアをこする音が・・・
「こりゃあ、車高調組まないとまずいなぁ。ノーマルの車高じゃ低すぎるよ・・・」



一応、曲がり道には簡単な手書きの看板がついている。
でもねぇ・・・この道、修復する予定、ないのかなぁ・・・

途中でちょっと休憩したりしながらトコトコと進む。だいぶ日が傾いた頃、ようやく朝比奈峠の看板が見えてきた。
ふう、やっと帰ってきたなぁ・・・

あ、衣笠インターだ。
ようやくいつもの道に戻ったらしいな。

あれ?なんか、ウチに向かってるような・・・



やっぱり、ぼくのウチの方向だぞ。
「アルファさん!ここ入ったところが、ぼくのウチだよ!!」
「ありゃまー、ここだったんですか〜。ヨコハマに行くときくらいしか、ここは通らないんで、
みずさんがここに住んでるなんて、ぜんぜん知りませんでしたよー」
「そっかぁー、これから、修理の用事があったらいつでも寄ってね」
「はいっ!」

おじさんのスタンドが見えてきた。
とててて・・・・「やっほー、おじさーん!!」
ふぉぉぉ・・・・「おじさーん、こんちわーっす!」
「おぉー、あ、あんでぇー!?みずさん、向こうでアルファさんに会ったのかい!」
「そうなんですよー、じゃ、またあとでー!」
「おう!」

「みずさん、もうすぐですよ〜!」
「はいはーい!」


13.カフェアルファ

・・・ごごっごんごごごんごりっ、ごんごりっ、ごごごご・・・かきぃんごりごり・・・



うわっ、こいつは・・・すごい道だなぁ・・・

「みずさーん!車、だいじょうぶですかぁー?」
「ああ!なんとかいけそうだよー」
いや、かなりやばいんですけど・・・

「あ、あれです〜!」
「へぇー、ホントに岬の先端にあるんだ」



かなり無理があったが、何とか到着。
さあ、アルファさんの荷物を下ろそう。

「荷物はどこに持ってけばいいかな?」
「あ、コーヒー豆はお店のほうに、ほかは母屋の玄関に持ってっていただけますか?」
「了解〜っ!」

やっと荷物を下ろして、ひとやすみ。
「はいみずさん、コーヒー。もちろん、サービスです!」
「あ、どうもありがとー」
「ゆっくりしてってくださいね」
「うん、ありがとね」

アルファさんとの話題は、もっぱらこの2日間の買い出しの話。
けっこう長居をしちゃったなぁ、と思ったころ・・・
「・・・あ、夕日だ」
「きれい・・・」

すごく印象的な夕景だった。
どんなに言葉を尽くしても、この夕日の感じは、誰にも伝えられない。

カフェアルファ。ベランダをあわせても、たった6、7席しかない店だが、
とても落ち着く、何とも言いようのない、いい雰囲気だ。
おじさんが、『夕方に行くといい』って言ってた意味が、ようやく分かった。

「おかわり、いかがですか?」
「お、いただき」

ぼくはもともと紅茶党。コーヒーなんて、めったに飲まない。
でも、ここで飲むコーヒーだけは、例外だ。



これからも時々、ここに来ようと思う。

今日からぼくも
常連客の仲間入り。


14.総点検

久しぶりのロングドライブ。
初めての尾根道。
途中でこすったところが気になったので、ガレージに帰ってすぐ、
車をリフトで上げてみた。

「やっぱり・・・」
フロントメンバーが、左右とも損傷していた。厚さ4mmの耐熱塗装が完全にはげ落ち、
地肌が白く光っている。大きなへこみもある。

「ありゃまー。これは雨が降る前に処置しないと、確実に錆びるなぁ・・・」
たしか屋根裏の棚にウレタンパテがあったはずだ。
きょうは眠いから、明日やろう。パテで埋めたら、アルミ板でアンダーガードでも作ろうかな?
アルミ板も、たしか屋根裏にあったと思うけど・・・

しかし、触媒が無傷だったのは助かった。
このエミテック製のメタル触媒だけは、代用品では対応できない。
アルピナチューンのエンジンは、背圧が低い状態で燃調が取ってある。
圧損の高いセラミック触媒や、圧損ゼロの直管などにした場合、
コンピュータが対応できずにエンジンがブローするかもしれないのだ。



さらに、というか予想通り、フロントのエアスポイラーもアンダーコートまで塗装がはがれ、
樹脂製の地肌が丸見えになっている。



ま、ここは今後もよくこすりそうなところなので、いちいち塗装するのは面倒だし、
こっちの世界では、このスポイラーが空力的効果を発揮することもないだろう。
いっそのこと、外してしまってもいいくらいだ。

うーん・・・でも、このスポイラーはついてたほうがカッコいいから、このままにしておこう。
壊れたら、そのとき外せばいいや。

とりあえず、バネにスペーサ入れて、車高をかせいどいたほうがいいな。
車高調などは、作るまでもない。
上げた車高をまた下げることもないだろうし。

タイヤを外し、バネの取り付け面を採寸して、きょうの作業はこれでおしまい。
あとはあしたにしよーっと。

その夜アル坊は、翌朝までリフトで上に上げられたまま。
「おい、オイラは朝までこのまんまかい!」
残念ながら、ぼくにはアル坊のこのツッコミは聞こえなかった
サスかなんかがきしむような「か、ぐげげぎぎー」っていう音が聞こえただけ。
あははは、機械の言葉なんて、ぼくにわかるわけないじゃん。
じゃ、おやすみ・・・

アル坊、これからも苦労かけるかもしれないけど、ずっと一緒にいてくれるよね?
あした、フロントメンバーの傷、ちゃんと直してやるからな・・・
特製のアンダーガードも作ってあげよう。
約束するよ・・・


(第3章おわり)


あとがき
「アルファさんはまだか!?」というご意見があったため、というわけではないですが、
アルファさん初登場です。しかもヨコハマでばったり。
この設定、実はかなり前から狙ってました(笑)

ジャンクヤードの社長はオリジナルですが、ぼくの物語では最終回につながるキーパーソンです。
彼の素性については、最終回のあと、外伝という形で紹介する予定です。

最後に出てきた「フロアの損傷」は、10月30日に大楠山に登ったときについたものです。
帰宅してすぐ4柱リフトで上げてびっくり。
「おじさんのスタンド」でジャッキアップしたときは、サイドから上げたのでささくれしか
見えなかったんですが、真下から見て、はじめてへこみまで確認できました。
・・・・
まあ、「夕凪の時代」ではこんな道ばかりでしょうから、
「アル坊でホントにカフェアルファに行ったらどうなる?」ってことが実写ネタになって、
ちょうどよかったなー、って思ってます。
ホント言うと、大楠山の未舗装路を見たとたん「これはいい実証になる!」と喜んでいました(ぉぃ)

ハッキリ言って、この程度でギャーギャー言ってちゃ、ヨコハマの世界は語れませんからね!
でも、今度大楠山へ行くときは、エアダム外してアンダーガード付けてからにしようと思います.。
(そしてその光景もまたネタになる〜♪)

そうそう、「おじさんのスタンド」、ついに発見しました。
たぶんここだと思います。



場所は須軽谷。
すらっとした伯母さんか、小太りのおじさんのどちらかが店番をしてます。
向かいで不動産屋さんも経営してるそうなので、GARAGE355建設の際は
ここで土地を探してもらおうかな?(笑)
一応写真を撮った際に、単行本を見せて事情を話しておきましたので、
三浦半島に車・バイク・スクーターで行った際は、ぜひここに寄って給油しましょう!
最近はお客さんも少ないそうなので、せめてヨコハマファン御用達にして、
「夕凪の時代」まで続けてもらいましょう!
但し、日曜・祝日はお休みだそうです。

次回、第4章「通研侵入」は、12月3日アップ予定です。
ヨコハマ色のほとんどない、緊迫感のある進行を試みようとたくらんでますが、
はたしてどうなることでしょう?
おたのしみに・・・

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