あるサラリーマンの物語

第2章 「安住の地で」


1.午後の会話



「ただいま戻りました!」
「あら、おかえりなさい。このあたりの様子はどうだった?ずいぶんのどかでしょう?」
「ええ、とても気に入りました。ぼくが居た世界とは、大違いです。もう前の世界には帰りたくないですね」

「じゃあ、わたしはあなたをもとの世界に戻す方法を考えなくてもいいのかしら?」
「ええ。・・・ひょっとして何か考え始めてました?」
「いいえ、ただあなたがここに来た原因については、一応調べるつもりよ」
「で、何かわかりそうですか?」
「んー、とりあえずスペクトル分析とレベル4のスキャンは終わってるけど、解析はこれからになるわね」
「そうですか、何かわかったら教えていただけますか?」
「ええ、もちろんいいわよ。かなり時間が掛かるけど、結果が出たらすぐ知らせるわ。そろそろお昼にしましょうか」
「すみません。またご馳走になります」


2.しごとさがし

お昼ご飯を先生にご馳走になりながら、ぼくは思い切って自分の決心を先生に話すことにした。

「先生、どこか仕事を紹介してもらえるところをご存知ないですか?」
「こっちで暮らすつもりなの?」
「ええ、ぼくにはここの暮らしのほうがずっと向いてるようです」

「そう・・・それなら、あのおっさんなら何か知ってるかもね・・・・」
「え?」
「この道を西の方に行ったところでガソリンスタンドをやってるおっさんがいてね、
町の情報にも詳しいからたぶん力になってくれるわ」
「その場所、あとで教えていただけますか?」
「ええ、いいわよ」

「それからお手伝い、何をすればよいですか?」
「そうねぇ・・・、外壁の補修ってできるかしら?」
「どんな補修ですか?」
「外壁の一部が腐って穴になってたり、ペンキがはがれてたり、結構ひどい状態なのよ」
「道具や材料とかはありますか?」
「ええ、だいたいそろってるわ」

「じゃ、昼からすぐにとりかかりますね」
「わたしも手伝うからね」
「いいんですか?お仕事は」
「医者は患者がいなきゃ暇なのよ」
「そうですか、じゃ、よろしくおねがいします」


3.夕方

壁の補修は、思いのほか難航しそうだった。今日は腐った部分の張替えまでしかできそうにない。

「ちょっと買い物に行ってくるから、留守をお願いね」
「あ、わかりました〜」

もうすぐ夕方。腐った板の張替えは完了した。ペンキは明日だ。
いろんなことが一度に起こった一日だった。

ぼくは、ほんの半日前まで、安定した収入は得られるが、嫌になるほど忙しい会社に居た。
それがどこで狂ったのか、こんなことになるとは想像もしなかった。
この世界にとどまることで、仕事も収入も失うことになるが、全然構わなかった。
今ここにある全てが、ぼくの求めていたものだ。そう思えてならない。



病院前の砂浜。繰り返す波音。視界いっぱいに広がる夕景。五感を駆使して、この景色を堪能する。
こんな時間の過ごし方なんて、何年ぶりだろう。
ずっと忘れていた、幼かった頃の記憶。
夕日に見入って、時の経つのも忘れていたあの頃の自分を思い出す。


4.アポ

「あらあら、ここにいたのね」
「あ、すみません。留守番頼まれてたのに・・・」
「どうせこのあたりには誰もいないからかまわないわよ」

「えーっと、外壁の打ち直しは終わったんですけど、ペンキは明日でいいですか?」
「もうそこまで終わっちゃったの?さすが若い人だと違うわね」
「こういうことができる修理屋さんって、このあたりには居ないんですか?」
「昔は居たんだけど、数年前にその人は引越してしまって、今は居ないのよ」
「そうだったんですか・・・」

「あ、さっきスタンドのおっさんに会ってね、あなたのことを話したら、今夜町内会があるから来てみろって」
「町内会ですか?」
「南町の人が集まる飲み会よ。ほとんどの人が集まるから、きっといい情報があるだろうって言ってたわ」
「ありがとうございます。さっそく行ってみます。・・・場所、教えていただけますか?」
「ああそうだったわね。さっきの地図、あるかしら?」

「はい、これです」
「えっと、・・・この集会所に居るって言ってたわ」
「結構遠いですね」
「車で行ったほうがいいわよ」
「そうします」

「じゃ、軽く夕飯食べてったら?」
「助かります〜」


5.町内会

夜になった。建物が少ないからか、真夏なのにけっこう涼しい。
軽く夕飯をご馳走になった後、南町へ行くことにした。

「町内会だと、たぶん徹夜の飲み会になるわよ」
「えっ・・」
酒の飲めない僕にはちょっとつらそうだ・・・
ますます不安になりながらも、とりあえず出発。



街灯がないところがほとんどなので、ゆっくり、ハイビームで走る。
対向車は全くいない。

20分ほどで集会所に着いた。
軽トラックが一台止まっている。
車を降り、集会所に近づいてみると、かなり盛り上がっているようだ。20人?・・・いや、それ以上いるようだ。


6.面接

「こんばんは〜」
「おぉ、おーあんたが先生の言ってたお人かい?」
「はじめまして、みずたにっていいます」
「ふーん・・・。みずさん、でいいんじゃねぇか?」
「うん、いいんじゃねえか?」
ざわざわ・・・

「あ、あのー・・・」
「おう、みずさん、よく来てくれたな!歓迎するぜ!」

「は、はぁ・・・」会社でも「みずさん」と呼ばれてたので別に違和感はないが、
いきなり渾名を検討するところ、この人達、ただものでない。
とりあえず歓迎されてるようなので一安心・・・

「こっちにはしばらくいるの?」
「仕事探してんだってぇ?」
「今までは何やってたの?」
「どっから来たんだい?」

いきなり質問のあらし。ぼくはどう対処したらいいか、ちょっと困った。

「えーっと、ぼくはいままで遠くのほう。、・・・えーっと西の方に住んでたんですが、今日こっちに越してきました。
今までは自動車用のエアコンの設計をやってました。修理なんかもできますよ」
「自動車用エアコンの設計?ってよう、ここ十何年も新車なんて発売されてねぇけんど」
そうだ、そうだったよ・・・

「えーっと話すと長いんですが、簡単に言うと、ぼくは60年くらい前の過去から来たんですよ」
「はぁ?」
「ええーっ!?」
「ホントかい?」
「先生がそう言ってたんだ、間違いねぇよ」
ざわざわ・・・

「ホントです。車に乗ってたら突然この時代に来ちゃったんです」
「へぇー。てことはよぉ、そのうち先生に助けてもらって帰っちゃうんだろぅ?」
「僕はこのままここに住み着こうと思ってるんですけど」
「ここが気にいっちゃったのかい?」
「ええ、すごく気に入っちゃったんですよ」
「うれしいねぇそう言われるとョ・・・そういえば、あに、修理とかできるんだってぇ?」
「ええ、簡単な電気製品・車・家の外壁なんかも一応できますよ」

「おぉ、それなら話は早い!町はずれに古いガレージがあるんだけんど、修理屋をやるんならそこをタダでやるよ」
「ええーッ!!タダで?いいんですか?」
「おう、実はな、前にそこに住んでたやつがよぉ、引っ越してくときに、『今度新しく引っ越してきた奴が修理屋をやる
と言ったらそいつにぜんぶ譲ってくれ』って言ってオレに鍵を預けてったんだよ。5年以上前だったかなぁ・・・」
「ぼくがもらっちゃっていいんですか?」
「ああ、そういう約束だったからな。これから、オレ達が修理で困ったときはよろしくな」
「こちらこそ、よろしくおねがいします!」

「よーし、まずは乾杯だ!みんなコップ持ったかぁー?」
「おう!」
「じゃ、みずさんのぉー、修理屋稼業スタートを祝ってぇー、かんぱーい!」
「かんぱーい!」

町内会は、・・・深夜までは記憶があったのだが、その後がどうもよく覚えていない。
気がついたら朝になっていた。
やっぱり先生の言った通り、徹夜の飲み会になってしまった。さすが先生、よくご存知で・・・。


7.築15年

翌朝、ガレージに案内してもらう。
町からはかなり離れているらしい。
ガソリンスタンドを通りすぎ、さらに2〜3分走る。



「ここだよ」
「うへぇ・・・」
何年も放置されたままの建物。雑草だらけの敷地。
いたるところにペンキのはがれが見られる。
ツーバイフォーの半2階建て。築15年?洋風のガレージ&ハウスという感じだ。
まんなかに玄関があり、右側がテラス、左側はガレージらしい。
周囲には何もない、完全な一軒家。
でも、倉庫の隣が住居になってるのが気に入った。

「隣に住めるからちょうどいいんじゃねえかなぁ」
「中、見れます?」
「おぉ、これ、鍵ね。母屋と鍵は一緒だから」

おそるおそる、錆びかかったシャッターを開ける。意外にも、中はきれいに片付いていた。

「中はこんなんだったのかよ・・・」
「ここは初めて来るんですか?」
「いや、すっかり忘れてただけさ。なにせ5年ぶりだからな」

あれ?トラックが置いてある・・・
「ナンバープレートのない軽トラックがあるんですけど、あれ、使えるんですかね?」
「おお、動くんだったらいいんじゃねぇの?だいたいナンバープレート付けてる車なんていまどきいないよ」
「えぇっ!?じゃ、車検とか、ないんですか?」
「警察もないぐれぇだから、車検なんかねぇよ」
「でも村の人達は、ほとんど車を持ってないようですが」
「車自体がねぇんだよ。最後の新車が出たのが15年前で、そっからあとは動ける車が生き残ってるだけさ」

そうだったのか・・・そうすると、あの裏に積んである部品を集めて車を作れば、みんなの役に立つかもしれないな。

「あの裏手にあるのって、廃車ですよね」
「ああ。直せなくなった車はみんなああなっちまった。なんとなくあの場所に集まっちまったんだな」
「いろんな修理のときに、あの部品使ってもいいですか?」
「ああ、あれはもう誰のもんでもないからな」

中にあった軽トラックは、500ccクラスの4WD。ガソリンエンジンらしい。
ガレージ自体は車が2台くらい入る広さで、リフトも一基ある。

工具の入った台車が隅においてある。中には自動車整備に必要な工具がきちんと揃っていた。
前にここにいた人は几帳面だったのだろう。棚には整備書がきちんとファイルされていた。
ここ60年の技術なんかすぐには理解できないから、これはずいぶん役に立つ。
こんな大事な資料や工具を置いて、前の持ち主は一体どこへ引っ越したんだろう・・・


8.母屋

ガレージ横のドアから母屋のほうに出てみる。
玄関の横のテラスは居間を兼ねているらしい。オープンカフェのような居間。
日よけ程度の格子があるだけで、壁も柵もない。
玄関から中に入る。

たぶん居間に置くものであろう、テーブル、いすなどは玄関の突き当たりに積んであり、カバーが掛けてある。
寝室には机と椅子、ベッドもある。
冷蔵庫に食器棚、流しにコンロ。生活に必要なものは、全部揃っている。
そのまま使えそうなものがほとんどだ。
新品ではないが、大事に使っていたらしく、どれも手入れがいい。

「布団とかはあとで用意するし、電気と水道は今日から使えるからよ」
「あ、ありがとうございます。中がこんなにきれいなら、今日から住めそうですね。
でも、電気代とか水道代なんかは、どうすればいいんですか?僕はまだお金を持ってませんし、食料だって・・」

「なあにだいじょうぶ。電気やガス、水道は共同なんだよ。それに、ある一定以上の収入があった奴に対しては
税金を掛けて、あまりにも収入のない奴には、集めた税金から補助金を出してるのさ。
なくなっちゃ困る商売を続けてもらうための苦肉の策だったんだけんど、けっこううまく行ってるんだな、これがヨ」

「じゃあ、ぼくの場合も?」
「収入がなくても食うには困らないし、儲かったときに税金を払ってくれればそれでいいんだよ。
ちなみに今補助金もらってるのは、西の岬で喫茶店やってるアルファさんと、野菜売りのばあさんだけかな?
みずさんで3人目というわけさ」
「はあ、なるほど・・・」
「それに、収穫期を前に、調子の悪いトラクターを直してやれば、収入なんてすぐ増えるさ。
修理する奴がいないんで、みんな今までだましだまし使ってきたからなぁ」

「そうなんですかぁ。じゃ、あしたからさっそく修理の仕事、はじめましょうか」
「そうかい?じゃ、オレは町のモンにそう言っとくからよ」
「おねがいしますね!」
「じゃあな!これからもよろしく!」
「こちらこそよろしくお願いします!」

明日からの仕事も、今日からの住む場所も決まった。
あとは日用品と食料を買い揃えるだけだ。
いや、それが一番問題かも・・・何といっても持ち金ゼロは痛い。
とりあえずこれから先生の所へ行って、昨日の続きのペンキ塗りを済ませよう。



先生の病院に向かいながら考える。
店の名前・・・何にしようかな?


9.ガレージ355

「へぇー、修理屋さんをやることにしたの?よかったわね、いい仕事が見つかって」
「家も仕事場もタダでもらっちゃったんですよ。もう信じられないくらい、待遇いいんですよぉ」
「そう、それはよかったわね。ところで、その修理工場、なんていう名前にしたの?」
「ええ。ガレージ355にしました」
「ガレージさんGOGO?」

「あのー、355は数字なんです」
「ちょっと寒かったかしら?」
「ええ、・・・・かなり」

「ところで、355って何の番号なの?」
「ぼくの車の製造番号なんですよ。355台目に作られた車なんです」
「そうだったの、あの車が本当に好きなのね」
「えへへ・・・小さい頃からの憧れの車だったんですよ。半年前にやっと手に入れたんです」
「じゃあ、こっちの世界に車と一緒に来れて良かったんじゃないの?」
「ええ、あの車が一緒じゃなかったら、何が何でも帰ろうとしたでしょうね・・・あーっと、ペンキ塗り終わりましたよ!」

「あら、お疲れさま・・・まあ、ずいぶんきれいになったわね。ありがとう」
「すっかりお世話になってしまったお礼ですから」
「でも十分してもらったわ」
「そうですか?」
「ええ。明日はガレージ355の初仕事ね」
「はい!明日が待ち遠しいですー!」

「ところで、ご飯とかはどうするの?」
「あ、・・・まだ食料ないんですよね」
「まあ、それじゃあ、何か食べ物持ってったら?」
「いいんですか?すみませんねぇ」
「全然構わないわ。外壁の補修をここまできちんとやってくれたんですもの」

先生からパンと缶詰を3食分、わけてもらった。ありがとう、先生。

「ありがとうございます」
「また何かあったらいらっしゃいね」
「ええ、そのときはよろしくお願いします」
ぼくは先生の病院を後にした。



たった2日だったけど、先生はぼくにとって、親よりも頼れる人だった。
いつか仕事が軌道に乗ったら、ちゃんとお礼をしよう・・・

新しい家に戻り、テラスに椅子とテーブルを出す。
夕食を食べているうち、あっという間に日暮れて夜になった。
満天の星空に虫の音。海からは遠いはずなのに、周りがしんとしているので、
耳を澄ますと波の音も聞こえてくる。

すごく静かな夜。
結構疲れていたか、寝室に戻って横になったら、すぐに眠ってしまった。


10.本日開店

日の出とともに目がさめた。
すぐに着替えて、ガレージのシャッターを開ける。
気持ちのいい空気がどっと入ってくる。
「んっんーっ!」



すぽきすぽき・・・・
あれ?トラクターだ。こっちに来る・・・3台、4台、・・・
ええーッ?7台も!?

「へぇよー!みずさん!けっこう早起きじゃねぇかー」
「どうも、おはようございます−!」
「さっそくだけんど、こいつら見てくんねぇか?」
「どこがおかしいんです?」
「みんなおんなじだよ。この音さ」

このまぬけな音は・・・キャブの目詰まりだな。キャブのオーバーホールとバルブ洗浄で直るだろう・・・
「わかりましたぁ・・・で、これ急ぎですか?」
「2台は今すぐやってくれねーか?、あとは・・・おい!今日中でいいよな!?」
「ああ、すぐじゃなくてもいいさ!」
「そういうことで、よろしくな!」
「了解ですー!」

さっそく吸気系を分解し、メインジェットを洗浄。
燃料フィルターも灯油(?らしき溶剤)で洗い、バルブを布巾で磨く。
ついでにプラグも洗浄して、デスビの接点も磨いて、と・・・
これでOKのはずだ。どうかな・・・
かち、きゅるるるる・・・ぼん!ばばばばば・・・ぶおん!ばばばばば・・・

「こんな感じでいいですかぁ?」
「え?もうできちゃったの?」
「あ、いえーまだ1台目ですけど」
「うんうん、いい音だねぇ。あんたけっこういい腕前じゃないの!」
「えへへ、そうですかぁ?」手を休めることなく、あいづちを打つ。

2台目は、デスビのターミナルとプラグコードにも問題あり。
廃車置場で適当な代用品を見つけ、交換。
「よっしゃぁぁ!完成です!」
「おいおい、もう2台できちゃったの?ホントに朝飯前じゃん。すごいねぇ」
「どーも。じゃ、残りは昼までに」
「ああ、頼んだぜ!」
「ええ、おまかせください!」

「お、そういえば、先に2台の修理代払っとくわ」
「えーと、いくらにしましょうか?」
「おまえそれ決めてなかったの?」
「ええ。相場とか知らないんで・・・」
「そうかー。そういえば、みずさん今欲しいものなにかあんのかよ?」
「いろいろありますよ。着替えや食料とか部品、オイルなんかも・・・」
「うーんそうか・・・じゃ、明日もうちょっと厄介な修理持ちこむから、それと込みで、
今あんたが欲しがってるもの全部買うのに十分なお金を払うってのはどうだい?」
「うわーそれめちゃめちゃ魅力的ですね。その話乗ります!」
「よっしゃ商談成立!」
「まいどどうもー」

「じゃ、あとよろしくな!」
ばおん!ばばばばば・・・・

「ありがとうございましたー!」
さて、朝ご飯食べたらすぐにこいつらを仕上げるか・・・

食後、ちょっと休んで仕事再開。
残りの5台はすぐに修理完了。ほっと一息、お茶がおいしい。
テラスに椅子とテーブルを出して、くつろぐ。
見渡す限りの野原と畑。なんだか心身ともに解放されたようにさわやかな気分。
こんなこと、今までだったら絶対なかったな・・・望むことすらできなかったよ

昼頃、さっきのおやじさんが運転手を乗っけてトラクター5台を引き取りに来た。
午後はガレージの整理をしよう。かなりいろんな物が揃っていたから、ほかにも何か出てくるかも。


11.新しい家

ガレージの中には、工具のほかに、オイルや溶剤、塗料や調合器、コンプレッサなども揃っている。
真空ポンプもあるので、エアコンの修理も可能だ。
さらに驚くことに、ガレージの隅にあったほこりだらけの木箱を開けたら、中身は新品のプラグやキャブレターだった。
ドライブシャフトのベアリングや、新品の各種ギアなど・・・しかもエフがつけてあって品番と車種がわかるようになっている。

さらに、ガレージの隅に階段を見つけた。
上っていくと、そこは屋根裏部屋だった。
中には、家電の廃品や車の解体品がごろごろしていた。隅っこには塗料缶も積んである。
あと、ほこりだらけの古い雑誌なども、大量に積んである。
ほこりがひどかったので、とりあえず開けられる窓を全部開けて下に降りた。

台所。
大鍋、小鍋、やかんにフライパン。包丁にまな板・・・大体揃っている。
食器棚には皿やカップも揃っている。しかも手入れが良かったのか、しみ一つない。

テラス。
椅子とテーブル。手作りらしいがすごくいい感じのデザイン。
ニスがしっかり塗ってあるのに傷んでいるのは、テラスに置きっぱなしにしていたからだろう。

寝室。
電気・機械関係の技術書などが書棚に収まっている。
大きな机と椅子。ベッドのそばにはラジオもあった。

見れば見るほど不思議な家だ。何でも揃っている。
これなら住むのに苦労しない。でも、前の人は、なぜ家の中のものを全部置いてったんだろう・・・
・・・しかも、こんなにきれいにした状態で


12.夜の帳

夜。寝室で食事を取ったあと、テラスに出てみた。
雲が多いのか、星は見えない。



ふと、楽器を出す。
ぼくが持ってきたものは、アルピナとバイオリンと、着替えが少し。

バイオリンは、あの日たまたま車に載せていた。
楽器を見ていると、ふとオーケストラでわいわいやってた時のことを思い出す。
たった3日前のことなのに、すごく昔のことのように懐かしい。
あの仲間には、もう会えないと思うと、何だかとても切ない気分になる。
何か弾けるかな、今の気分にあった曲・・・

タイスの瞑想曲。

弾いてるうちに、なぜだか・・・

・・・涙。

悲しいわけじゃない。
嬉し涙でもない。

見渡す限り何もない、夜の帳。
こんな一人ぼっちの夜は、なかった・・・

僕の奏でる音の一つ一つが、しんとした夜にすいこまれてゆく。
静かな夏の夜。
半径1キロ以内に、ぼく以外誰もいない。
昔のぼくなら、開放感を覚えただろうが、今は・・・ちょっと寂しい。

曲を弾き終わったら、ちょっと落ち着いてきた。
そろそろ寝るかぁ、明日も早いし・・・

2日目に来た「厄介な修理」は、トラックの窓ガラス交換だった。
運良く廃車置場に型の似たトラックがあり、ここから窓ガラスが入手できた。
接着剤は、たまたまガレージにあったシリコンシーラーで代用した。

「すみませんね、窓枠が白になっちゃって」
「いいよ、雨が入らなくなっただけでも十分さ!」

こうしてぼくは、開店から2日間で、日用品を買い揃えるだけのお金と、一週間分の食料を手に入れた。
南町の人は、ホントにいい人ばかりだ。ぼくの生活資金のために、簡単な修理にまでお金や野菜を払ってくれる。
あんまり野菜やお金があっても困るから、ほとんどは「ツケ」にしておいたけど。
でも、みんなのおかげで、なんとか生活基盤が整いそうだ。

あしたは、北の町へ買い出しに行こうかな・・・
(第2章おわり)

・後記
ようやく新生活が軌道に乗りました。ずいぶん長ったらしい文章が続きましたが、
あの霧の夜からまだ4日しか経ってないんですよね・・・
一応南町の人達とも仲良くやってるみたいで、まずは一安心。

ところでアルファさんに会いに行くのは、いつになるんでしょう?
ま、そのうち会いに行くとは思いますがね。
コーヒー代に困らない程度に収入が安定すれば(笑)

・今ごろ言うのも何なんですが、このオリジナル小説の方針は、
1.原作の進行に影響しない展開であること
2.したがって「ぼく」が主観になる話がメインであること
3.原作や他のオリジナル作品の設定・考察と微妙にリンクしていること
なので、そこんとこはご了承下さい。

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